野田元首相が語る「追悼演説」に秘めた政治の本質 真剣な議論のなかで、折り合うところを求める

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井手:利上げできない理由は、日銀が債務超過に陥るから。当座預金残高が膨大で、1%かかるだけで、巨額のお金が出ていってしまう。

井手英策(いで・えいさく)/専門は財政社会学、博士(経済学)。1972年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、現職。総務省、全国知事会、全国市長会、日本医師会、連合総研等の各種委員なども歴任(写真:尾形文繁)

当座預金をどうやって減らすのかをそろそろ議論しないと、利上げをしようと思ってもできない、今のような状況になる。正常化はとても大事だと思います。

給付と財源の問題。日銀、当座預金残高をどう減らすのかという問題。金融の正常化。こういうことを超党派で議論しよう、そういうパッケージをやらなくてはいけないとおっしゃっていたと思います。それは「願望」をおっしゃっているのか、これからそれに取り組もういう「決意表明」なのか、どちらなんでしょう。

野田:決意表明です。追悼演説のメッセージは「分断を乗り越えて論争の相手にリスペクトの念を持ち、一致点を見出していこう」ということ。では、具体的に何をやるのか。これをやらないと日本が終わってしまうという一番大きなテーマが「金融と財政の一体改革」です。

これは1つの政党だけでは知恵が出てこない。社会保障と税の一体改革の3党合意のように、党を超えた一致点を見出していくことが必要です。政界だけでなく、霞が関、日銀、あるいは民間。さらにはアカデミニズム、メディアも。さまざまな知恵を出し合って、解を求めなければならない。その国民運動をやりたいと思います。

もともと社会保障と税の一体改革は、ネクストエレクション(次の選挙)よりもネクストジェネレーションという理念でやったことです。次の世代にこの国を残していくために、避けて通れない困難なテーマが、金融と財政の問題。そこに道筋をつけられなかったら、死んでも死にきれないと思いますね。

政治の本質は正しい「中庸」を探していくこと

井手:今の政治を見ていて感じるのが、エクストリーミズム(極端主義)です。参政党であったり、一方でれいわ新選組だったり。立憲民主でも、維新でも、自民でも、MMT(現代貨幣理論)的なばらまきをよしとする人、消費減税さえ言っていれば選挙に勝てると思う人。すごく極端です。

ですが、政治の本質は、むしろ正しい中庸を探していくことではないのか。100%健全財政で、取った税金はすべて借金返済に充てるというのは極端。税金なんか取らないでばらまきまくろうというのも極端。でも、健全財政主義者やリベラルな人たちの極端な主張に引きずられて、あるべき中庸の姿がなかなか見えてこない。

今日おっしゃった、税金を取るかわりに国民の生活のために使う。一部は財政健全化にも。そして金融と財政の組み合わせ。これが答えだというものがないからこそ、超党派でいろいろな知恵を出し合っていく必要がある。それはまさに「中庸の美」ですね。

野田:私は中庸という言葉が好きで、まさにずっと政治理念としてやってきました。

井手:正しい意味での保守、中庸ですね。単に中道、真ん中というだけなら、全体が左にぶれれば真ん中も左に、右にぶれれば右に行ってしまう。

野田:真剣な議論のなかで、折り合うところはどこかということです。難しいですけど、それを求めていくしかない。

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