旧統一教会「マインドコントロール」救済案の危険 オウム真理教の裁判で否定されたものが登場

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ひるがえって、自分に理解できない主義、主張や信仰、それも統一教会に留まる山上容疑者の母親のような存在を、体制側からマインドコントロールと断言するのは危険だ。

これを被害者だとして、第三者が引きはがそうとすれば、それこそ信者2世と呼ばれる子どもたちが、親から宗教を押しつけられ信仰の自由を奪われ、苦痛を強いられたと主張するのと同じだ。まして、精神疾患でもなければ、是非弁別能力を失っているわけでもない。

教団に家族がはまって家庭を振り返らなくなったのだとしても、それは家庭の事情より信心を優先した個人の事情ともいえる。マインドコントロールというと、まるで感情を失ってロボットのように操られる存在をイメージするようだが(実際にオウム裁判でそう主張する弁護人もいた)、そうではない。語感だけで「洗脳」や「催眠」と同じものと受けとめているのなら、それは大きな間違いだ。

マインドコントロールという言葉が、野党の救済法案に盛り込まれたきっかけとなったのは、前述のとおり、河野消費者担当大臣が統一教会を念頭に設置した検討会の報告書だった。ここにマインドコントロールという文言が4カ所で使われている。だが、その定義は明確に示されていないどころか、引用の根拠も曖昧だ。

共通認識や定義、過去の事例を検証することもないまま、マインドコントロールの文言を法案に盛り込むことは、信条の自由にさえ抵触して危険だ。仮に、このまま法律が成立すると、こののちサリンを撒くような集団が再び現れたとしても、マインドコントロール下にあったことを理由として、罪に問われない可能性もある。

そうでなくとも、192人が起訴された一連のオウム裁判でマインドコントロールが認められていたのなら、ほとんどが無罪で終わったはずだ。その一方で、最後まで教祖への帰依を貫いて死刑になった信者もいる。彼らこそ、マインドコントロールの被害者ということになる。

詐欺的手法と信条の自由は切り離した議論をすべき

旧統一教会で問題なのは、高額の献金を絡め取る手法だ。それもすぐにだまされたと気づく人が多いことから、これだけの騒ぎになっている。それだけ典型的で見抜きやすいともいえる。そこにマインドコントロールという言葉を安易に被せて、信者もマインドコントロール下にあるとするのは、あまりにも乱暴な論法だ。

むしろ詐欺的手法が認められるのであれば、そこを明確化して丁寧な言葉で法律に盛り込み、信条の自由とは切り離した議論をすべきはずだ。

さらに問題は詐取する側が宗教法人であるというところにある。これだけ金銭をだまし取られたと声の上がる組織が宗教法人として存立し、国から税制上の優遇を受けていることは、理解しがたい。私も法人格を剥奪する解散命令を急ぐべきだと考える1人だ。

しかしながら、急ぐあまりに慎重な議論を避け、被害者救済を目的にマインドコントロールなどという、語感と空気だけが先走り、定義すら曖昧で、思想、信条の自由すら脅かす言葉を法律に盛り込むことは、後世に禍根を残す。

どこか旧統一教会に振り回され、熱狂するあまりに冷静さを欠いて暴走しているようにも見える。もう一度、問題の本質を見つめ直すべきだ。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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