「ここで西郷が命を落とすことはあっても、仕方なく雷同して江藤や前原と同じ轍を踏むことはありえない」
西郷が命を賭して士族たちを止めようとすることはあっても、「佐賀の乱」を起こした江藤新平や、「萩の乱」で決起した前原一誠のように担ぎ出されることはない……それが、大久保の見立てだった。
それだけに、いよいよ西郷が乱に加わっていることが確定したときのショックは大きかった。大久保は「そうであったか」と漏らし、人前で滅多に見せない涙を見せたという。
私学生の暴発を聞いた西郷隆盛は「しまった」
では、信頼を裏切ったのは、西郷のほうだったのかといえば、そうともいえない。大久保の見立て通り、西郷は私学生たちの襲撃には賛成していない。暴発が起きたとき、西郷は大隅半島の最南端に位置する小根占で猟を楽しんでいた。知らせを聞いた西郷は「しまった」と口にしたという。
立て続けに士族の反乱が起きていることに対して、西郷が「愉快な報告」と喜んでいたことはすでに書いた(『近代税制の礎「地租改正」農民が泣いたエグい中身』参照)。「天下が驚くようなことを成し遂げる」と決意も語ったが、その真意は不明である。明治政府への反乱ともとれるし、他国への外征を考えていたともいわれている。
いずれにしても確かなのは、西郷はこのタイミングでの挙兵は考えていなかったということである。「自分がいれば、こんなことには……」と西郷は悔やんだことだろう。
だが、そんな西郷も不平士族たちのリーダーとして担ぎ上げられていく。西郷が結果的に西南戦争の総大将となったのは、ただの成り行きではない。
大久保が自分を亡きものにしようとしている――。決起したのは、そんな自身の「暗殺計画」を耳にしたからであった。
(第53回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』 (新潮選書)
勝田政治『大久保利通と東アジア 国家構想と外交戦略』(吉川弘文館)
清沢洌『外政家としての大久保利通』 (中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵”であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』(朝日新聞社)
大江志乃夫「大久保政権下の殖産興業政策成立の政治過程」(田村貞雄編『形成期の明治国家』吉川弘文館)
入交好脩『岩崎弥太郎』(吉川弘文館)
遠山茂樹『明治維新』 (岩波現代文庫)
井上清『日本の歴史 (20) 明治維新』(中公文庫)
坂野潤治『未完の明治維新』 (ちくま新書)
大内兵衛、土屋喬雄共編『明治前期財政経済史料集成』(明治文献資料刊行会)
大島美津子『明治のむら』(教育社歴史新書)
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