トリスタンは、カミソリ負けを解消する製品だけでなく、健康と美容の全般を扱う企業をイメージした。黒人男女に特化した製品を開発するプロクター&ギャンブルのような世界的ブランドと肩を並べる会社を。
けれども、プレゼン会場に集まった大半は白人で、男性投資家たちなのだから、そのビジネスアイデアが、緊急性も含めて理解されるのは容易ではなかった。
「ニッチすぎる」「必要としている人がいるなんて、誰も思わない」「業界にはもう、大きな資金と特許を持った巨大なプレイヤーがいますから」「それをシリコンバレーでやろうとは、狂気の沙汰」……。
ところが、ときに、多くの反対派を尻目に早々と賛意を表明する投資家が現れることがある。トリスタンの場合、それがベン・ホロウィッツだった。「くだらないアイデアだと思ったら、ベンならはっきりそう言ってくれるとわかっていた。実際にそう言われたこともあった」とトリスタン。
「そしてついに、アイデアをベンに話すと、彼は『それは名案じゃないか』と言ってくれたんだ」――ベンに黒人の親戚がいることは、注目に値する。
「僕がやっと何かをつかめた瞬間だった」
これは楽観的な反応に思えるかもしれない。なぜ、たった1つの支持が、他の投資家から浴びせられた多くの「ノー」以上の意味を持つのか?
手短かに答えよう。「ノー」にはいろいろあるからだ。重要な「ノー」もあるが、それ以外はすべて意味のない「ノー」ということである。「中身のあるノー」なら、アイデアを修正することができる。
「懐疑的なノー」はチャンスを再考するきっかけになる。傾聴する価値のある「ノー」もあるということだ。
正当な「イエス」1つあれば十分
しかし、怠慢な「ノー」に耳を貸してはならない。素早く先に進むのが賢明だ。トリスタンには、こうした違いを聞き分ける鋭い耳があった。
受け取った「ノー」の数がどれほど多くとも、正当な「イエス」が1つあれば十分だ。トリスタンの場合、その「イエス」はラップ・スターで投資家のリル・ナズ・Xからのものだった。
「ナズと会ったのは、ベンを通してです。2人ともクイーンズ区の出身で、ナズは僕がずっと尊敬していた人物。個性的なヘアスタイルで有名なスターだから、ベヴェル・トリマーは打ってつけだと思いました。僕は、まず商品がいかに本物であるかについて話し始めたんですが、5分かそこらでナズは『参加するよ。それで、俺は何をすればいいんだい?』と言ってくれたんです」
ベヴェル・トリマーが新製品として完成すると、トリスタンは、トリマーの外箱にナズの顔写真を付けてメッセージを送った。ナズからの返信は、「『トリスタン、俺は一生に一度でいいから、トリマーのパッケージに顔を載せてみたかったんだぜ。ありがとう』だった。夢のような瞬間でした」とトリスタンは回想する。
その後、ナズは2016年夏のヒット曲のコーラス部分にベヴェルの名を入れ、それによってトリマーの販売率は3倍上昇した。
2018年、ウォーカー&カンパニーは、トリスタンがCEOに留まる形で買収オファーに応じた。買収したのは? 他でもないプロクター&ギャンブルだ。
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