「炭水化物」は人類の敵なのか、味方なのか 「糖質制限ダイエット」巡り激突する2冊の本
それに対して同じ科学の立場から反対の結論を導きだしているのが、進化生物学者でミネソタ大学教授のマーリン・ズック博士が著した『私たちは今でも進化しているのか?』(文藝春秋)。
1月に刊行された同書の帯に書かれているフレーズは、「炭水化物は人類を滅ぼさない」。12月刊行の『GO WILD』に宣戦布告をしているともいえるだろう。
著者のズック博士は、性淘汰における「ハミルトン=ズックのパラサイト仮説」を提唱したことで知られている。ズック博士は、レイテイ博士のような原始時代はすべてよかったという論に対して、「進化の働きについて現在わかっていることと矛盾している」と痛烈に批判している。
「原始人の生活は決して安楽ではなかった」
まずズック博士は、レイティ博士のような原始回帰主義者が主張する「旧石器時代の人間は、完全に環境に適応していた」という前提に異議を唱える。人間にしろ、ほかの動物にしろ、現代の姿になったのは自然選択による偶然であり、環境に完全に適応することはありえない。現代の生物の姿は、すべて妥協の産物なのだ。
そもそも、原始時代は決してユートピアではなかった。幼児の死亡率は高く、絶えず飢餓や病気、災害に苦しめられていた。原始人の生活は決して安楽でも快適でもなかったとズック博士は主張する。
また、「旧石器時代から現代の人間までの間に、身体的な進化はほとんどなかった」とする仮説についても、疑問を呈する。進化には何百万年という途方もない時間がかかるというイメージがあるが、それは誤りというのだ。近年、進化生物学の発展につれて、驚くほど短期間に進化する実例がたくさん見つかっているという。
実際、彼女自身がハワイ諸島において、雄コオロギが天敵の寄生バエの攻撃をかわすために、突然変異で生まれた鳴かないコオロギがわずか5年で、既存種にとって変わった例を発見、論文発表している。
彼女によれば、「糖質制限」派の言う、人類はそもそも旧石器時代の体のままで、農耕文明が始まったことには適応していない、ということも誤りがと主張する。私たちは今でも進化している、というのだ。