国会でも核心触れぬ首相、自民党政権「劣化」の実態 閉会中審査に出席も「国葬」批判を払拭できず
第1に、国葬の法的根拠が乏しいこと。明治の元勲らの国葬の根拠となっていた「国葬令」は、現行憲法の施行とともに1947年に廃止され、その後は国葬を規定する法律はない。
1967年に死去した吉田茂元首相に対して、当時の佐藤栄作首相は「国葬」とすることを決めたが、法的根拠の問題などが指摘され、例外的な措置となった。
佐藤氏が死去した1975年には、当時の三木武夫首相が「政府、自民党、国民有志が催す国民葬」とすることを決めた。内閣法制局が「国葬は法的根拠がないので立法、行政、司法の三権の了承が必要」という見解を示したため、国葬は見送られたという。その後、歴代首相の葬儀は原則として内閣・自民党合同葬として進められ、国葬の議論は起きなかった。
確かに「国葬」というからには「国」を構成する立法、行政、司法三権の合意が必要という考え方は妥当だ。にもかかわらず、今回、岸田首相は内閣府設置法の「国の儀式を行う」という規定によって国葬を決定。これには法律専門家たちからの異議が相次いでいる。
恣意的になった政権の法解釈
歴代の内閣では首相官邸の官房副長官3人のうち2人は衆参両院の議員で、残りの1人は総務省や厚生労働省の事務次官を経験した内政の実務者が起用されてきた。これに対して、安倍政権と菅義偉政権の事務官房副長官は警察官僚出身の杉田和博氏が務め、岸田政権でも警察庁長官経験者の栗生俊一氏が就いている。警備・公安畑の警察官僚にとって、国葬に絡む法律問題は荷が重い。
加えて、「憲法の番人」だった内閣法制局の変質がある。内閣法制局は、安倍政権が進めた安全保障法制の作成過程で、「集団的自衛権の行使は憲法違反」という従来の見解を政権の意向に沿う形で修正。安倍氏が法制局長官を強引に交代させたうえでの見解変更だった。
こうした経緯を経て国葬の法的根拠などをめぐる政権の法解釈が恣意的となり、国民への説得力を欠くことにつながっている。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら