不通の鉄路が工事用道路に、肥薩線被災地の現状 豪雨災害2年、列車の代わりにトラックが走る

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これだけ手厚い支援策が示されているにもかかわらず、JR九州は復旧には慎重だ。その理由は肥薩線の収支である。2019年度における八代―吉松間の収支は営業収入3億円に対して、営業費用は12億円。つまり9億円の赤字だ。

同区間の利用者は減少の一途をたどっており、1987年のJR九州発足時点からわずか5分の1に減ってしまった。理由の1つが沿線人口の減少だ。国立社会保障・人口問題研究所は2035年にかけて沿線人口はさらに減ると予測する。2つ目の理由がモータリゼーション。JR発足後に八代―人吉―吉松を結ぶ高速道路も開通した。マイカーがあれば熊本市内への移動は高速道路を使うほうが便利だ。高校生の通学需要が多ければ鉄道を存続させる理由になるが、2000年には1日平均200人近くいた通学定期利用者は2019年には64人まで減ってしまった。

もちろんJR九州も手をこまぬいているわけではなく、球磨川沿いという風光明媚な車窓を売り物として絶え間なく観光列車を導入し、観光客の利用増を図っている。2009年の「SL人吉」、2013年の「ななつ星」、2017年の「かわせみ・やませみ」など観光列車を運行開始した年は一時的に利用状況が好転した。しかし、その効果は持続せず翌年にはまた減少に転じている。

このまま復旧しても、利用者の好転が望めない限り赤字額は累積的に膨らみ、いずれ立ち行かなくなる。せっかく国や自治体が復旧費用の9割を負担してもそれが無駄になってしまう。こうした状況から「仮に復旧したとしてもその後どうやって維持していくかを慎重に考えていく必要がある」と上符部長は話す。

工事用道路はBRTに使える?

もし上下分離スキームなどを活用して鉄道で復旧する場合は、自治体による費用の補填だけでなく、収入を支援する施策があってもよい。航空業界では新規開設路線の搭乗実績が目標を下回った場合に自治体が差額を保証するという搭乗率保証という仕組みがあり、能登空港などで導入実績がある。こうした他業界の仕組みも参考になるはずだ。

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あるいは、鉄路での復活を断念し、BRT(バス高速輸送システム)に転換するのか。2017年に被災したJR九州の日田彦山線・添田―夜明間は、日田まで延長してBRTによる復旧が決まっている。BRTは東日本大震災で被災した大船渡線や気仙沼線でも採用されており、機動性を生かして運行本数を増やしたことで、利用者には好評だ。

今回の視察会に使われたマイクロバスも線路上に設けられた道路の上を走った。もし肥薩線がBRTで復旧するとしたら、工事用道路がBRT専用道として使われるのか。JR九州の堀江部長は「あくまで仮の道路。BRT専用道として使えるかどうかはまったく考えていない」と言いつつ、「工事用のトラックが走れる程度には頑丈に造ってある」とも話す。

16時10分ごろに現地視察は終了。新八代からおよそ4時間弱の旅だった。帰路は人吉市内から高速道路で新八代までわずか50分。景色は風光明媚とはいかなかったが、スピードの点で鉄道に対する高速道路の優位性を感じさせた。

マイクロバスが鉄道のトンネルに入る瞬間を多くのカメラマンが興味深そうに車内から撮影していた。この光景ははたして将来の肥薩線の名物になるのだろうか。

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大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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