被告人として法廷に立たされた男性はどう思っているのだろうか。ハサミやカッターナイフなどの刃物をバッグに入れて持ち歩いたり、車に積んだりしておくことは、日常的によくあることだ。同時に、そうした行為が銃刀法違反に問われることも、ときどき日本では起きている。
そうはいっても、自分がそんな目に遭うとは、男性自身も思っていなかったに違いない。旭川市に住む本人に取材すると、いろんなことを思い出しながら当時のことやこの間の思いを語ってくれた。
検察、警察に対して「真面目にやってほしい」
「北邦野草園は、ときどき行く所で、散策路を歩いたりしていました。あの日はくもりでした。2カ月前にいとこの庭の草刈りをして、鎌とノコ(のこぎり)を車に乗せたままにしていました。警察官が高圧的に後ろを開けろと言うので開けると、警察官が鎌とノコを見つけました。令状を持っていますかと聞いても受けつけてくれませんでした。
違反で、これから旭川中央署に同行してくださいというのでびっくりし、ただごとではないと思いました。後からでいいですかと言ったら、どうしても来てくださいとのこと。ちょっとおかしいと思いました。(署に行くのを)あとでいいですかといってもダメだと強く言われたので逮捕だと思いました。任意同行だったとは今でも思えません。
聴取は2時間半で終わりましたが、警察はいとこの家までついてきて、草刈りした跡も見ていきました。次に警察署に呼ばれて行ったときは、すべての指の指紋を取られて、写真も撮られました。
鎌とノコの所有権を放棄しないと不利になると言われましたが、放棄すると別の犯罪をでっちあげられるおそれがあるという雑誌記事を読んだことがあるので、拒否しました。
検察からも2度呼ばれ、聴取を受けました。『放棄すれば起訴しない』とも言われたのですが、怖かったので応じませんでした。とにかく(銃刀法違反は)無罪だし、私に別の罪を着せようとしていたのかもしれないとも思います。
この2年、容疑者、被告となり、外国にも行けないという、普通の人間ではない、圧を感じていました。自由を奪われている、と。裁判も検察の都合で何度も延期になり、長く感じました。
今回学んだのは、警察ににらまれると、何もやっていなくても罪にされてしまいかねないということです。99%が有罪とひどい状況です。警察は間違っていない、だから言うことを聞きなさいという仕組みになっているのではないかと思います。厚生労働省の村木厚子さんのように冤罪を着せられてしまう。一方で、森友問題のように見逃すこともある。
検察、警察に対しては、公務員なんだから真面目にやってほしいと言いたい。公務をまっとうしてほしいと思います」
事件から3年近くが過ぎ、70歳だった男性の年齢は73歳になっている。筆者に対し、必死に理不尽さを訴える男性。その声には、理不尽な状態に2年以上も置かれた怒りがこもっていたように感じた。
中村弁護士は「もし男性が警察・検察の要求通り、ノコギリと鎌の所有権を放棄していれば、起訴までしなかった案件ではないか」と言う。
権力によって不条理な目に遭わされてきた人たちを筆者は何人も見てきた。大きな冤罪事件は注目を集めても、北邦野草園事件のような小さな不起訴事件や無罪判決は、社会も耳目を集めることも多くない。そこに潜む問題に、これからも目を凝らしていこうと思う。
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あおき みき / Miki Aoki
札幌市出身。北海タイムス(休刊)、北海道新聞を経て全国紙に勤務。東日本大震災の発生当初から被災地で現場取材を続けている。「警察裏金問題」、原発事故を検証する企画「プロメテウスの罠」、「手抜き除染」報道でそれぞれ取材班で新聞協会賞を受賞した。著書「地図から消される街」(講談社現代新書)で貧困ジャーナリズム大賞、日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞など受賞。近著に「いないことにされる私たち」(朝日新聞出版)
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