車に草刈り鎌を載せてたら"逮捕"70歳男性の悲劇 銃刀法違反の「濡れ衣」で強いられた理不尽

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男性は、8月ごろにいとこの庭の草刈りをし、道具類を車に積んだままだった。そのままにしていたのは、男性の自宅がアパートの2階にあり、いちいち運び上げることが手間だったうえ、またすぐに草刈りに使うつもりでもいたためだ。

警察官に言われ、男性は軽自動車のハッチバックを開けた。警察官たちは、助手席の後ろからチャック付きの透明ケースに入ったノコギリ(刃体約19.5センチ)と刃体を新聞紙で覆った鎌1本(刃体約15.6センチ)を確認した。ノコギリはホームセンターで1500円ほど、鎌はスーパーで約100円で買ったものだった。警察官から尋ねられるままに、男性は「いつか使う予定だが、今日使う予定はない」と述べた。

これが、銃刀法違反に問われた。男性は書類送検され、2020年3月に起訴。法廷に被告として立たされることになった。

北邦野草園の駐車場
北邦野草園(嵐山公園)の駐車場。銃刀法違反事件の現場になった(出所:旭川市公園緑地協会のHP)

銃刀法第22条は「何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めるところにより計つた刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない」と定めている。

争点となったのは「業務その他正当な理由」があったか

北邦野草園事件で争点になったのは「業務その他正当な理由」があったかどうかだった。

では、「業務その他正当な理由」とは何か。これについては、例えば、警視庁が「社会生活上の地位に基づき、反復継続して刃物を使用することがその人にとって仕事であり、刃物を使うことが業務にあたる場合(例えば調理師が仕事場に行くため包丁をバッグに入れて持ち歩くなど)をいうと解されています」と公式HPで示している。

銃刀法ではなく、軽犯罪法にも「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者は、拘留又は科料に処する」(1条2号)という定めがある。

この条文の解釈をめぐっては、2009年3月の最高裁判決で判断が示された。問題となった「軽犯罪法違反被告事件」が起きたのは、2007年8月26日午前3時20分ごろ、東京都新宿区の路上だった。

判決によると、会社で経理の仕事を担当していた被告人は、有価証券や多額の現金をアタッシュケースに入れて電車や徒歩で運ぶことがあった。銀行との間を仕事で行き来する際に暴漢に襲われたときのことを考え、護身用として催涙スプレーを購入。普段はかばんに入れて持ち歩いていた。

一方、被告人は健康上の理由で医師から運動を勧められていた。事件の日は夜中に目覚め、サイクリングに出掛けることにした。その際、万一のことを考えて護身用にとスプレーをかばんから取り出してズボンの左前ポケットに入れて携帯していたことが軽犯罪法違反に問われた。

最高裁は下級審の判断を破棄し、無罪の判決を下した。軽犯罪法の「正当な理由」の解釈について、器具の用途や形状・性能、隠し持っていた者の職業や日常生活との関係、隠し持っていた日時や場所、周囲の状況などの客観的要素に加え、「動機、目的、認識等の主観的要素等を総合的に勘案して判断すべき」という基準を示した。

そのうえで、この事件については「携帯は社会通念上、相当な行為であり、上記『正当な理由』によるものであった」として無罪を言い渡した。

次ページ「北邦野草園」事件では、この最高裁判決を引用
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