受験に失敗、就職難「稲盛和夫」逆境を覆す力の原点 「経営の神様」の人生は実は挫折の連続だった
2人のおかげで、稲盛は「アルバイトや奨学金などを活用して、一切、家には金銭的に頼らない」という条件で、大阪大学医学部を受験することが許されている。だが、無情にも結果は不合格。とことん受験には縁のない人生だった。
またもや立ちはだかる受験の壁。もちろん、浪人などできない。少しでも薬に関われるようにと、なんとか地元の鹿児島大学工学部応用化学科に進学する。このとき化学を学んだことが、世界に羽ばたく技術者・稲盛和夫を生み出すことになるのだから、人生とはわからないものだ。
大学も卒業が近づくと、稲盛は就職活動で大いに苦戦する。東京や大阪の会社を訪問しても、結果は出ない。友人のコネを頼るも、先方に会うことさえも叶わなかった。追い詰められた稲盛は、腕っぷしの強さからこんなことまで考えた。
「こんな不公平な社会より、仁義に厚いヤクザの世界のほうがよっぽどましだ」
実際に、組事務所のあたりをうろうろしていたこともあったというから、一歩間違えれば、どうなっていたかわからない。それだけ就職が厳しい時代だったともいえるだろう。
そんな稲盛に、大学の先生がなんとか就職の口を1つ見つけてきた。それは、京都にある松風工業というガラス製造会社である。
寮はボロボロ、人間関係はドロドロ
しかし、いざ入社してみると、ここがとんでもない会社であることが判明する。案内された寮はボロボロで、畳すらない。ワラくずの上にゴザを敷かなければならなかった。しかも、会社はオーナー一族が内部で揉めており、人間関係もドロドロ。勤務先としては最悪の部類に入るだろう。
稲盛はその会社でニューセラミックという特殊磁器を担当する。だが、環境が環境だけに、どうにも仕事に身が入らない。注文が減っていくなか、会社業績も悪化。しまいには、給料まで遅配する始末だった。
当然、5人の同期も次々と辞めていく。秋までには同期は1人しかいない状態になってしまった。稲盛は、自衛隊に方向転換しようと入隊の志望書を取り寄せる。だが、「せっかく就職した会社を簡単に辞めるべきではない」という兄の妨害によって断念している。
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