「中国ミサイル、日本のEEZ落下」が示す日本の盲点 思い描いている価値観とかなりギャップがある

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ここで忘れてはならないのは、中国は、沖ノ鳥島周辺の日本のEEZを否定し、東シナ海では沖縄トラフや五島列島の目前まで東シナ海ほぼ全域が中国のEEZであり、日本のEEZではないと主張していることである。

以上をまとめてみると、やはり台湾有事を空想上の対岸の火事として眺めているわけにはいかないということだ。中国は台湾に対する武力侵攻計画を実際に演習できる段階にまで準備しており、少なくとも今回明らかになった作戦では、日本にも影響が及ぶことになる。

そして、たとえ台湾有事に至らない平素の状況にあっても、中国は、国益、核心的利益のためには武力の使用や武力を用いた威嚇に対するハードルが極めて低いということである。

尖閣諸島の日本政府によるいわゆる「国有化」を理由に尖閣諸島周辺海域における中国海軍および海警の活動を大幅に増大させてきた事例など、これまでの中国の対応ぶりから類推すれば、今回の演習で得られた実績、すなわち台湾周辺、日本やフィリピン近傍における実弾射撃を伴う軍事活動、台湾の人口密集地を飛び越えるミサイル射撃など、これまでよりもさらに一歩進んだ攻勢的な軍事活動の常態化を中国は推し進めようとするだろう。

今後、中国の核心的利益とされる問題で日本と対立した場合、尖閣諸島領海内や、沖縄トラフ近傍の海空域で実弾射撃を伴う武力による威嚇を行うことは、中国の思考体系からすれば、それほどハードルの高いものではないのかもしれない。

少なくとも平時ではない

今回のミサイル発射を含む大規模軍事演習では、台湾周辺海空域の民間船舶や航空機が迂回を余儀なくされ、日本漁民の漁業活動にも影響が出ている。このように有事に至らない平素の状況において真っ先に犠牲となるのは、何の罪もない市民である。

グレーゾーンとは純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を表現したものである。われわれは有事に至らないまでの平時の延長線上にそれがあるかのように見ているが、市民への被害や武力使用のハードルの低さなど、中国の思考体系や価値観をもとにあらためて彼らの行動を見てみると、少なくとも平時ではないことは明らかだ。

中国とロシアを単純に同一視するわけにはいかないが、ロシアのウクライナ侵攻を目にした今日の日本社会からすれば、国連安保理常任理事国、核大国、世界第2の経済大国であることをもって中国に対するある種の期待を抱くことは慎むべきなのであろう。

※本論で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない。

山本 勝也 笹川平和財団 主任研究員

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やまもと かつや / Katsuya Yamamoto

元海将補。防衛大学校卒業。中国人民解放軍国防大学、政策研究大学院大学(修士)修了。
海上自衛隊で護衛艦しらゆき艦長、在中国防衛駐在官、統合幕僚監部防衛交流班長、海上自衛隊幹部学校戦略研究室長、アメリカ海軍大学連絡官兼教授、統合幕僚学校第1教官室長、防衛研究所教育部長などを歴任。2023年に退官し現職。海洋安全保障、中国の軍事戦略が専門。

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