38歳の綿矢りさはとてつもなく深みを増していた 新刊『嫌いなら呼ぶなよ』は今の彼女こその等身大

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「人の記憶に残るのって大変やから、それで残れたならうれしいです。やっぱりそういうふうな仕事、職業なので。本だけ置いてあってみんなが読んでくれたらいいけど、『この人知ってる』とかちょっとしたきっかけってないと、なかなか字の羅列をわざわざ読もうと思わないので。そういうふうにとらえています」

そういう仕事と受け入れ、書き続けてきた綿矢の新作は『嫌いなら呼ぶなよ』(河出書房新社)だ。文芸雑誌に掲載された「眼帯のミニーマウス」「神田タ」「嫌いなら呼ぶなよ」に、驚愕の書き下ろし「老(ロウ)は害(ガイ)で若(ジャク)も輩(ヤカラ)」を加えた今作は1冊丸ごとイッキ読み必至、正直「綿矢りさ作品ってこういう方向性だったっけ⁉︎」と読みながら転げ回って笑うほど。テーマは整形、不倫、SNS、老害と、版元が「圧巻の新境地」と銘打つ気持ちも十分に理解できる内容だ。

整形マニアと、それを批評し嘲笑する女たち。中途半端な人気YouTuberと、ストーカー自覚のない正義のファン。不倫する自分大好き男と、結託して断罪する女たち。自意識モンスターのマスコミ人。綿矢自身が「オモテもウラもない」「深みがなくてペラッペラ」「ダークパワーがめちゃ強い」と評する、「明るい闇だけで構成されている」登場人物たちの発する言葉が、いまそこの街なかから聞こえてきそうなほど逐一リアルなのだ。

「ああ私、そんな毒があったんや」

こんなに現代的なテーマをこんなに現代的な語彙で書ける人なのだという大きな発見に、これは綿矢りさの毒なのかと尋ねてみると、綿矢は小首を傾げた。

「ほかの作品とかでも時々言われるんですけど、言われてから『ああそうなんだ、そんな毒があったんや』と気づくみたいなところがちょっとあって。今回も確かに笑ってもらえたらいいなと思って書いたんですけど、毒が効いていると思いながらは書いていなかったから意外で……どちらかというとシビアな視線で書いていますね。結構、夢見がちな人たちが登場するから、そこのギャップというかシビアな世間みたいなものを自分では書いているつもりでした」

登場人物を「夢見がちな人たち」として正確に克明に描きこむ視線には十分に毒があると思うのだが、これはもしかして京都人が息をするがごとく自覚なく吐くという、湯葉やぶぶ漬け風味の薄味の毒なのだろうか。

「ナチュラルに人にどう見られるかを第一にせず、自分の好きなふうに生きている、生まれたときからそういう性格の人たちですよね。私はそういう人たちを見ていてストレスが結構たまるんですけど、こういうどうしようもない人たちを書いているとストレスがスーって抜けていって、書いているほうとしてはすごい楽しいんです」。微量の悪意もなくそう言ってのける綿矢であるが、いわく、日ごろストレスをためてしまうタイプなのだそうだ。

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