「陰謀論の魔力」に感情を操られてしまいがちな訳 「物語」そのものに内在する「副作用」とは何か

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また、近頃の映画の多くは「政治的に正しい価値観」とは何であるかを観客に知らせる教材としての役割も担っている。とくに若い人々は、学校の授業で教えられることよりも、物語のほうにずっと大きな影響を受けているだろう。だが、その結果として身に付くのが人権を重んじて平等を大切にする進歩的な価値観であるのなら、物語に文句を付けるのは野暮なことであるかもしれない。

知らず知らずのうちにコントロールされる

しかし、哲学者のジョナサン・ゴットシャルは、物語があふれる現代の状況を危惧している。物語をよいものと悪いものとに分けたうえで、「悪い物語」に含まれる問題を指摘する人は珍しくない。ところが、ゴットシャルが論じるのは「物語」そのものに存在する問題である。『ストーリーが世界を滅ぼす──物語があなたの脳を操作する』では、さまざまな物語が個人としてのわたしたちの思考や感情に影響を与えてわたしたちの行動や価値観を操作していること、そして民主主義や文明に対する脅威ともなっていることが、鮮やかに示されている。

本書における「ストーリー」の定義には、小説や映画などのフィクション作品に限定されない、多くの物事が含まれている。たとえば、バーで飲みながらおもしろいエピソードを友人に語ることも、アフリカの狩猟採集民族の長老が一族の子どもたちを集めて民話を語ることも、いずれもストーリーテリング(物語を語ること)だ。また、事実に基づいたドキュメンタリーやニュース番組も、語り手が現実を構成するさまざまな要素を取捨選択したうえで筋道を付けて物語るものであるから、ストーリーの一種である。わたしたちがSNSに投稿する140字にも満たない文書や1分もかからない動画のなかにも、ストーリーは含まれている。

本書でまず指摘されるのは、ストーリーテリングとはコミュニケーションの一種であるということだ。そして、コミュニケーションの機能とは「他人の心に影響を与えること」である。どんな物語であっても、それを受け取る人の考え方や感じ方、ひいては行動を特定の方向に誘導するという機能が含まれている。ストーリーテリングがうまい人は、人の感情を操作する技術に長けているのだ。逆に言えば、わたしたちが何らかの物語に惹かれるとき、わたしたちは知らず知らずのうちに他人によってコントロールされている。だから、語り手に悪意があるとき、ストーリーはきわめて危険なものとなりうるのだ。

本書の前半で取り上げられるのは、現代の日本に生きるわたしたちには「悪い物語」であることが簡単に理解できるような問題だ。反ユダヤ主義や白人至上主義、カルト宗教、地球平面説や疑似科学、「ヒト型爬虫類が人間社会を裏から支配している」という陰謀論、ロシアなどにより意図的に拡散されるフェイク・ニュースやディープ・フェイク、プロパガンダによって選挙戦を制したアメリカ元大統領、などなど。これらはいずれも政治や社会に深刻な悪影響を与えてポスト・トゥルースの風潮を巻き起こし、人々の生活や生命を実際に脅かしてもいる。

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