NHKインサイダー疑惑が問う報道人の職業倫理
上場企業の株価に影響を与える重要事実を入手した報道関係者が、自己利益のためにそれを悪用--。NHKインサイダー疑惑は、報道関係者に発せられた警告だ。
(週刊東洋経済2月9日号より)
教訓は、まるで生かされていなかった。
NHKの記者ら3人に、インサイダー疑惑が浮上した。昨年3月、上場企業の再編に絡むニュース原稿を放送直前に職員専用端末で閲覧、その情報を基に該当企業の株式を売買した疑いである。現在、証券取引等監視委員会が調査を進めている。
報道関係者によるインサイダー取引騒動は今回が初めてではない。関係者の脳裏には、あの記憶がよみがえる。2006年夏に逮捕・起訴(有罪確定)された、日本経済新聞社の元広告局社員が犯した罪だ。株価に影響を与える株式分割の法定公告が日経新聞に掲載される前に、その上場企業の株式を売買し、利益を得る。報道機関にあるまじき行為だった。
「ウチにも同じことが起きたら……」。上場企業の重大情報を公表より早く入手する機会がある報道機関には、ひとごとではなかった。日経事件を機に、インサイダー取引の整備に動いた社も少なくない。
だが、問題は起きた。あろうことか、今度の主役は未発表情報を日常的に入手できる記者である。
日経事件は「対岸の火事」、株売買の内規は不十分
ある意味、それは必然だった。不祥事発覚前のNHKには、「得た情報を自分の利益のために使ってはならない」という規定以外には、インサイダー取引の禁止など職員の株取引に関する社内ルールが、まったく存在していなかった。日経事件は「対岸の火事」だったのである。
本誌が主要報道機関を対象に調べたところ、社員やその関係者などの株売買に関する社内ルールは、今回の疑惑発覚前のNHKを除く全社に存在していた。
その上で従業員による上場株式の売買自体を、どう制限しているのかをまとめたのが表である。
その対象は記者職が中心だ。報道機関の記者は、上場会社の役職員や大株主などの会社関係者から、重要事実の伝達を受ける「情報受領者」の代表的存在。情報受領者は、金融商品取引法(旧証券取引法)で定めるインサイダー取引の規制対象となる。記者の売買を制限すれば、社内で不公正取引を防ぐ有効策となる。