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「間違いを認められない人」の残念すぎる真実 「わかっている」のと「できる」のでは大違い

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気候学者のジェリー・テイラーは、なぜ自分の立場を否定する議論にも耳を傾け、認識が間違っていることを知らされたときに検討してみることをいとわなかったのだろうか?

その理由は、アイデンティティにある。テイラーには 「卑怯なことをしたくはない」という強いプライドがあった。

「エゴイスト」と後ろ指を指されないために

テイラーはあるとき、ゴールドマン・サックス出身で、気候変動活動家であるボブ・リッターマンと重要な対話をした。リッターマンは「気候変動は“分散不能”かつ、深刻なリスクだ」という立場で、テイラーと議論を闘わせた。

この議論のなかでテイラーは自分がそれまで信じていた考えを変えることになった。

同じ気候変動懐疑派の同僚たちにも「私たちの立場は、木っ端みじんになってしまった」と宣言した。

自分の立場が崩れ去るのは絶望や苦々しさではなかった。テイラーはのちに、その瞬間「元気がわき上がってくる」ような感情を味わったと述べている。

リッターマンとの議論の直後、テイラーは研究所をやめ、気候変動対策を推進する活動家に転身した。プロの気候変動懐疑論者が気候変動活動家に転向したのは、これまでテイラーただ1人しかいない。

考えを変えるのは簡単ではない。間違っているのは自分で、相手のほうが正しかったのだと気づくと、多かれ少なかれ心が痛む。

だがその痛みは、自分が「真実を追求する」という大切な基準に沿って生きていることや、間違いを正すたびに自分が強くなっていることを思い出させてくれる。

日常生活では、自分が間違っていたことに気づけるだけでも上出来だ。それでも、誰かに「私が間違っていた」と伝える気持ちがあるのは、エゴよりも真実を大切にする人間であることのはっきりとした証しになる。

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