「マトリックス」が描いた90年代アメリカの不安感 インターネットの普及で社会は一変し始めた

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タイトルの「アメリカン・ビューティー」はバラの品種の名前でもあり、そうしたアメリカ社会の「美しさ」という皮肉でもあるようです。

しかし、私はこの映画をあまり好きではありません。というのも、私自身が郊外で育ち、その表面的な生活にそもそも嫌気がさしていたからです。初めて観た時、20年経ってハリウッド映画の中に再びそれを見出して、今さら扱うテーマなのかという気がしたのも事実です。

テクノロジーの発達で示された2つの選択肢

〈「ポスト」の時代──シュルマン〉

1990年代のアメリカを表現する用語のほとんどには「ポスト(post-:〜後)」という接頭辞が使われていました。ポスト・産業(工業)社会、ポスト・フェミニズムの男女関係、ポスト・モダンの文化……すべてのことがポスト、ポスト、ポストだったわけです。ただし、それが何かの「あと」であることは分かってもそれが何であるのかを人々が分かっていたわけではありませんでした。

しかし、テクノロジーの進化、とりわけパーソナルコンピューターの普及とインターネットの誕生によってそれらが徐々に明らかになろうとしていました。パソコンとネットは政治、経済、文化、そして社会生活や人間関係を一変させるものであることを、人々は感じました。だからこそ、その世界に積極的に飛び込む人もいれば、不安を覚える人もいたのです。

キアヌ・リーヴスとローレンス・フィッシュバーンが出演した『マトリックス』もまたあの時代の混乱や不安を上手く表現していると思います。

テクノロジーは人々に快適な未来をもたらすかもしれないが、一方で人間の自由や尊厳を奪うことになるかもしれない。

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キアヌ演じる主人公のネオは、抵抗軍のリーダー、モーフィアスから青い薬を飲むか、赤い薬を飲むかの選択、すなわちマトリックスの世界に入るかどうかの決断を迫られます。「赤い薬を飲めば、不思議の国に留まるだろう」と。それはこうした人々の選択を表わしていると見ることができます。

私たちはこのポスト社会における政府の役割をどのように考えるのか。政府もまた専制政治の一形態に過ぎず、私たちはビッグテクノロジーの支配に道を譲るべきなのかどうか。あるいはポスト・フェミニズムの社会では、女性の役割はどのようなものとなるのか。職場や教室における女性は、もちろん男性もですが、伝統的な性的役割から離れ、より中性的な未来を目指すべきなのかどうか。

『マトリックス』には、そうした選択を迫られた人々の懸念や不安が表現されているのではないでしょうか。

丸山 俊一 NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー/立教大学特任教授/東京藝術大学客員教授

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まるやま しゅんいち / Shunichi Maruyama

1962年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。「欲望の資本主義」「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」「欲望の時代の哲学」などの「欲望」シリーズのほか、「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」「地球タクシー」などをプロデュース。過去に「英語でしゃべらナイト」「爆笑問題のニッポンの教養」「ソクラテスの人事」「仕事ハッケン伝」「ニッポン戦後サブカルチャー史」「ニッポンのジレンマ」「人間ってナンだ?超AI入門」ほか数多くの異色教養エンターテインメント、ドキュメントを企画開発。著書に『14歳からの資本主義』『14歳からの個人主義』『働く悩みは「経済学」で答えが見つかる』『結論は出さなくていい』など。

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NHK「世界サブカルチャー史」制作班
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