もっとも、ティンバーゲンの定理が教えるように、複数の政策目標の達成には、複数の政策手段が必要だ。つまり、一律の利上げでは、「今日の物価安定」と「明日の物価安定」の両立を確実なものとすることはできない。よって、金融の長期的な安定のためには、非伝統的な政策手段が今後とも不可欠となる。
ありがたいことに、ECBには必要な政策手段がすでにおおかたそろっている。まず、ユーロ圏は債券市場の「分裂」問題を抱えており、財政基盤の弱い国々の政府借り入れコストが、そうでないドイツとの対比で再び高騰する事態への警戒が欠かせない。これに関する理事会の対応策ははっきりしないが、かといって何か新しい枠組みが必要になっているわけでもない。
パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)という融通の利く政策手段があるからだ。ECBは資産購入をやめることもできるが、必要とあらば断固として市場に介入する姿勢を示すため、PEPPの買い入れ枠を拡大すべきだろう。
優遇すべき脱炭素条件
また、利上げが長期的な脱炭素投資の妨げとなるのを防ぐ策としては、資金供給オペの金利や担保政策のさらなる細分化が考えられる。不動産投機や無駄な箱モノ建設に向かっている資金の貸出金利を引き上げつつ、省エネ案件にしっかりと資金を供給していくことは可能だ。そのためには、市中銀行を通じて実体経済に低利で資金を供給する、貸し出し条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)の条件を引き締める必要がある。
新たなTLTROの貸し出し条件は、スムーズな脱炭素とインフレショック耐性強化を後押しするものでなくてはならない。欧州の銀行融資の大部分は、気候リスクが十分考慮されていないことがECBの調査で繰り返し明らかになっている。こうした近視眼的融資をそぎ落とし、脱炭素条件を満たす融資を行う銀行に優遇金利というアメを与えれば、短期的にも長期的にも物価安定に資するはずだ。
インフレが猛威を振るう中、ECBの新たな戦略目標は、近くその真価を試されることになる。
(C)Project Syndicate
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