42歳、河原崎辰也が曲折経てつかんだ最高の天職 名古屋でミュージシャンとパーソナリティを両立

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名古屋市を中心にミュージシャン、ラジオ・パーソナリティとマルチに活躍する河原崎辰也さん(写真:『いくしかないだろう!』収録風景『CBCラジオ Cスタジオ』)
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これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。「会社員ではない」彼ら彼女らはどのように生計を立てているのか。自分で敷いたレールの上にあるマネタイズ方法が知りたい。特殊分野で自営を続けるライター・村田らむが神髄を紡ぐ連載の第103回。

ミュージシャン、ラジオ・パーソナリティとして活動

河原崎辰也さん(42)は、名古屋市を中心に活躍するミュージシャン、ラジオ・パーソナリティだ。

ミュージシャンとしては、熱く男らしい歌を歌い続け、自身の愛車ハイエースを歌った『ハイエース』は名古屋トヨペットとのタイアップソングになっている。

河原崎さんの活動の中で最もよく知られている『河原崎辰也 いくしかないだろう!』(CBCラジオ)は、今年でスタートして13年の長寿番組になっている。

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番組開始当初は放送時間19分と、比較的短い番組だったが、現在は日曜日16時~18時30分という2時間半の番組になっている。

地元の人に愛される人気番組に成長したが、実は当初は河原崎辰也さんの所属する芸能事務所がお金を出して、枠を買う形で放送していた番組だった。

自腹を切ってまで、何を伝えたかったのだろうか? 河原崎さんが長年アルバイトをしていたこともあるという、河原崎さんのお兄さんが経営する焼肉店で話を聞いた。

河原崎さんは名古屋の南区で生まれた。

保育園の頃から記憶があるという。

「上に双子の兄貴がいるんです。すごい強い兄貴たちで、喧嘩しても、何しても勝てなくって大変でした(笑)。でも両親の愛情を受けて、元気ハツラツに育ってました。保育園のときは目立つことが好きな子供でした」

保育園で開かれる舞台では、絶対主役をやりたがった。主役をやれないときには、拗ねて家まで勝手に歩いて帰ってしまい、大目玉を食らったこともあった。

座って書いたり読んだりすることは苦手で、すぐにどこかにフラフラと行ってしまう落ち着きのなさはあったが、逆に好きなことにはとても熱中した。

「昔からパワーショベルとかブルドーザーとか重機が好きで、近所で下水工事とかやっていると一日中座って見てました。この頃から、なんか好きなこと一個見つけると、馬鹿みたいに続けてしまう性質なんですね」

小学校に入っても、学芸会や合唱コンクールで目立ちたいという気持ちはあったが、それ以上に夢中になるものが見つかった。

「野球です。僕の名前“辰也”って、原辰徳さんの“辰”と同じ字で。そこから興味を持ち始めました。中日―巨人戦が熱を帯びる地域なのもあり、小学校4年で野球部に入りました。それからは野球に没頭しましたね」

小学校時代は、攻守ともに活躍できて自信を持った。中学校に進学しても、迷わずに野球部に入部した。

「すぐに主力メンバーに入ることができて、僕はもうこの先野球で行くんだろうな、って思ってました。おこがましいですけど、プロ野球も視野に入れてました。

勉強は全然できなかったですね。好きなことは何時間でもできるんですけど、そうじゃないことは本当に全然興味がわかなくて」

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