本当に「クソどうでもいい仕事」を根絶できるか 斎藤幸平氏と考える「働く人に優しい経済」の形

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荒谷:人は他者と関わりながら生きざるを得ないので、すべての人間を「個人」に還元して社会を設計する「資本主義」はそれなりに無理のあるフィクションだったと思いますが、それでも自分が所属するコミュニティを選ぶ自由は確保されなければならないと思います。

働く者のための国、ハートランドにはコンビニはない?

斎藤:グローバル資本主義との関連でもう1つ。いつでもどこでも、コンビニでカップラーメンを買えるというような利便性はハートランドでは失われるのでしょうか。つまり、現在のように大量生産される商品がなくなり、すべてがDAOの中で完結するようになるのであれば、今ほど便利ではない世界になるのでしょうか。

荒谷:現状では、株主が尻を叩くので企業は利益を上げなくてはなりません。一方で、企業DAOでは、働きたい人が集まって働いています。その活動を支えるのは、その人たちの働きたいという欲求です。

世の中の便利さの度合いというのは、この変化によってどれくらい社会全体の生産性が落ちるかということになるのだと思います。資本主義社会のような過剰生産、過剰消費からは脱却するはずですが、悲観するほど生産性は落ちないと僕は考えています。

ただ、現在のコンビニの仕組みが、経費を抑えつつ、労働者を搾取することで成り立っているのだとすれば、成立しなくなるでしょうね。でもむしろ、それでいいんじゃないかと思います。

斎藤:では、企業的なDAOと現在の株式会社の違いは、端的に言うとどこなのでしょうか。

荒谷:労働者が企業経営に参加できるという点と、報酬の総和がDAOとしての利益と一致するという点です。時間単位にもらえる報酬もそのDAOの生産性に依存するので、その点は現在の企業と同じだと思っていただいて大丈夫です。

斎藤:そうですよね。組織として利益を追求して、給料も業績で決まる、そして、出資額などに応じて投票権がある。そのあたりは今とほとんど一緒ですよね。

荒谷:そうですね。

斎藤:どの企業に入るかという点で他の人々との競争があり、選抜が存在する。ここも変わりません。

荒谷:はい。

斎藤:とすると、一歩間違うと現状の経済の仕組みとあまり変わらないようにも思えます。もちろん、国家については大きな変化があるわけですが、「国家なき市場」というのは、ある意味、新自由主義的というか。

「国家を超える」という入り口はすごいラディカルですけれど、それは新自由主義からGAFAMによる独占までの流れに似ているというか。実際、DAOに注目しているのは、元MITの伊藤穰一氏とかなわけです。

荒谷:ハートランドは、新自由主義ではないかたちで経済を成立させるための取り組みだと思っています。「経済」のあり方を変えたいわけですね。

現状の企業活動では、株主の利益が優先されて「自治」が成立していない。先ほども言いましたが、「働きたい」という人間の欲求は、自己利益を最大化するというよりも、他者のために何かをしたいということのほうが本源的なのではないかと思います。

資本の論理によって他者への欲望が搾取されている状況を変えることが、どのぐらいラディカルなことかはわかりません。しかし、「これまでの生活を捨ててハートランドにすべてを賭ける」みたいな決心をする必要はなく、経済の回し方を変えていくことに意味があると思っています。

それに対して、近代国家の枠組みをそのまま使って改善しようとすると、既存のシステムや既得権益が壁となって消耗することも多いでしょう。現行の社会の仕組みを回すことで利益を得ている人々が存在する中で、そうした人々と「闘う」ことで改革を進めるのではなく、自分たちで新しいかたちの経済を回し「こっちのほうが楽しいよ」と参加者を増やしていくほうが、結果として早く物事を変えていくようにも思います。

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