意外と独断専行ではない「源義経」の戦い方の実態 平家物語で「戦の天才」はどう描かれているのか

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『平家物語』は義経の軍勢を「1万余騎」とするが、実際はそれよりかなり少ない2000~3000騎(『玉葉』)だったようだ。

一方で『平家物語』は平家軍を「3000余騎」とするが、実際は数万の軍勢を率いていた(『玉葉』)ようだ。この軍勢数を考え、兼実は平家が勝利すると確信していたようだ。では、こうした不利な状況で、源氏方がとった戦法はなにか。『平家物語』から見てみよう。

源義経は2月5日の夜8時ごろ、土肥実平を呼び「平家は大軍で控えている。今夜、夜討ちをかけるべきか、明日の合戦とするべきか」と戦の仕方について相談している。

後世「戦の天才」として名高い義経ではあるが『平家物語』を見ると、戦の仕方について、結構悩んでいるし、ほかの武士に相談さえしている。インスピレーションで、独断で突っ走るといった感じではない。

田代冠者の進言を受けて夜襲を決断

さて、義経の問いかけには、まず田代冠者(伊豆国の前国司中納言為綱の子)という者が進み出でこう答える。

「明日の戦となれば、平家の軍勢はさらに増えるものと思われます。平家は3000騎、味方の軍勢は1万。はるかに有利です。夜討ちが良いのではないでしょうか」

実平もそれに賛同したので、義経は夜襲をかけることを決断する。進軍する兵士たちが「あたりはあまりにも暗い。どうしたらよかろう」というので、義経は「大松明」をつけることを提案。大松明といっても、巨大な松明に火をつけたものではない。民家に次々と火をかけ、それをあかりとして進軍したのである。そのほか、野山や草木にも放火したので、夜が昼に転じたようだったという。

一方、平家方は源氏軍が夜襲を仕掛けてこようとはつゆ知らず「戦は明日であろう。よく眠っておけ」と言い、大半の者は就寝していた。そこに、源氏軍がどっと攻め寄せてきて、鬨の声をあげたので、平家方は慌てふためき、逃走。源氏は逃げ惑う平家の将兵を追い回したので、平家軍は「500余騎」が討たれたという。

平資盛・有盛は高砂から海路で屋島に逃げ帰った。師盛は福原へ戻っている。この三草山の戦いは、一ノ谷の合戦の前哨戦と言われている。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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