キングダムに学ぶ「権力闘争」現代にも通じる本質 64冊一気に読破した小島武仁・東大教授が解説
先に補足すると、論戦が行われるのは、嬴政が王としての立場を固めるための「加冠の儀」という重要な儀式の直後。この儀式のタイミングを狙って毐(あい)国の反乱が勃発し、嬴政の命運はこの反乱を鎮圧できるかどうか次第という緊迫した場面です。つまり、嬴政と呂不韋の権力闘争の行方は秦の正規軍と反乱軍のどちらが勝利するかによるので、論争自体は実は勝敗に関係しないのですが、2人の異なる国家論がとにかく面白い。
簡単にまとめると、呂不韋は「貿易による他国との連携」を主張し、嬴政は「中華統一」を主張する。嬴政は中華統一を成し遂げて始皇帝になるので、勝つのは嬴政だとわかっているのですが、しかしこのシーンで僕は呂不韋の言っていることにうなずいてしまいました。
呂不韋の考え方は、「経済的な結びつきを強くすることで、他国を攻めるインセンティブをなくそう」というもので非常にゲーム理論的。血が流れる戦争の結果としてではなく、インセンティブ構造を変えることで、戦争をなくすという制度設計的な考え方です。
「いかに平和を確立するか」は重要かつ現代的な問題
――現代の価値観では、やはり武力による統一ではなく経済的なつながりのほうが現実的に思えます。
経済学でも実証研究があるのですが、20世紀後半は歴史上まれな国家間の大きな戦争が少ない期間でした。それには、20世紀の終盤に登場したGATT(関税および貿易に関する一般協定)やWTO(世界貿易機関)のような「経済的な結びつき」が、NATO(北大西洋条約機構)のような軍事的なアライアンスと同時に強まっていたことが効いている(Networks of military alliances, wars, and international trade)。
秦の始皇帝は確かに中華統一に成功しますが、統一後の厳しい統治によって人々の不満は高まった。彼の没後はまた国が荒れ、秦は短命に終わるというのが史実です。無理を重ねて成立した国は長続きしない、というふうにも見える。ロシアによるウクライナ侵攻が起こった今はとくに、国の作り方、あり方について関心を持つ人が増えているのではないかと思います。いかにして平和を確立していくかは、重要かつ現代的な問題です。
実は、もう1つ印象的な論争がありました。ここでは簡単な説明にとどめますが、45巻での敵国の有力者による「七国同盟」の提案です。『キングダム』の時代の中国は「戦国の七雄」と呼ばれる7国が中心になっていましたが、その7国で「戦争をしない」という約束をし、同盟を築こうという内容です。
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