キングダムに学ぶ「権力闘争」現代にも通じる本質 64冊一気に読破した小島武仁・東大教授が解説

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さらに、「同盟を破る国があったら、ほかの6国でその国を攻める」というルールも興味深い。やはりこれも、ゲーム理論的なインセンティブ設計によって戦争を防ぐアイデアです。

ゲーム理論には「繰り返しゲーム」という設定があります。短期的に得をするため、相手を出し抜いたりルールから逸脱したりしようと考えるプレーヤーが存在するときに、その裏切り者をほかの全員でパニッシュ、つまり罰を与える。七国同盟の場合、相互監視と、罰への恐怖によって逸脱が防がれ、「誰も戦争を始めようとしない」という均衡が生まれる。

しかし、嬴政は反論します。「自分たちがいなくなった未来でその約束が守られる保証はない、いずれかの国が力をつけその国の王と臣が悪い考えを持てば同盟は砕ける」といった内容です。

七国同盟の提案内容は、仕組みづくりによる平和の実現、つまり平和のシステム化です。同盟の発案者が存命かどうかは関係なく、悪い考えを持つ国が裏切ってもその1国をほかの6国で罰するという枠組みが残って機能していればいい。その意味で、やや粗い反論だと思ったのですが、もう少し考えてみると、確かに嬴政のいうことにも納得できる。

それは、パニッシュの実現性の問題です。つまり、裏切った国を、本当に残りの6国が罰するかどうかというと怪しいわけですね。

実は、こういう場合に罰を与えるための行動をとるインセンティブを保証するのは、すごく難しい。裏切り者に同調する国が出てきたら収拾がつかなくなる可能性もある。そしてここでもう一度、嬴政の主張に目を向けると、彼はそれも見通したうえで同盟はダメだと考えているのかもしれない。そんなふうに思えてきます。

不適切な協調が行われないようにする対策は?

――七国同盟が成立したとしても安心はできないと。さらに7国以外の新しい勢力が現れた場合にもまた構造が変わってきますか。

それも重要な点です。現代に置き換えて考えると、軍事同盟やカルテルのような協調は、外から新たなプレーヤーがやってきたときに破られる場合が多い。そして、参加者が多いほど、協調は実現しにくい。

不適切な協調が行われないようにするための対策として、例えば公共事業の入札や公共財産のオークションの制度設計の際に決定的に重要だとされているのが、「なるべく参加者が多くなるよう、参加のハードルを低くすること」です。そして、望ましい協調についても考え方は同じで、「主権国家がたくさんあるので国際協調が難しい」という問題は現代における非常に重要なテーマです。

『キングダム』では、序盤から「山の民(秦の西の山に住んでいる民族)」の活躍が印象的ですが、山の民のような勢力が新たに現れたら同盟への影響は大きいのではないでしょうか。嬴政がどこまで見通して統一を望んだのかはわかりませんが、「同盟の脆弱さ」を考えると、彼の主張は別の見え方をしてきます。

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