戦争やパンデミックが「予測不可能」である理由 歴史家がカオス理論から読み解く「大惨事」
戦争と革命(大損害をもたらすことのほうが多い)や金融危機のような人災(経済的惨事のほうが死亡者は少ないが、戦争や革命に劣らぬほど破壊的な結果をもたらすことが多い)についても同じことが言える。
歴史の決定的な特徴は、正規分布の世界に暮らす人であれば予期しがちであろうよりも多くのブラック・スワンがいることだ――冪乗則の分布さえ超えた所に位置するほど大規模な出来事である「ドラゴンキング」にもそれが当てはまることは言うまでもない。
そうした出来事はすべて、計算できるリスクの範囲ではなく、不確実性の領域にある。そのうえ、私たちが築いた世界は、時とともにしだいに複雑な系になり、ありとあらゆる種類の確率的挙動や非線形関係や「裾ファット・テールの重い」分布を見せやすい。
パンデミックのような惨事は、単一の独立した出来事ではない。きまって他の形態の惨事、たとえば経済的惨事や社会的惨事、あるいは政治的惨事につながる。
一連の惨事や、惨事の連鎖反応が起こりうるし、実際に起こることが多い。世界のネットワーク化が進むほど、この現象が目につくようになる。
人間の脳の限界と不合理な考え方
あいにく、人間の脳は、ブラック・スワンやドラゴンキング、複雑性やカオスの世界を理解したり許容したりできるようには進化してこなかった。
古代と中世の世界の特徴である不合理な考え方(「私たちは罪を犯しました。これは神が下した罰なのです」の類)のせめて一部からでも、科学の進歩が私たちを解放していてくれたなら、どれほど素晴らしいことか。
だが、宗教的信念が弱まるのを尻目に、他のさまざまな形態の呪術的思考が台頭してきた。何であれ有害な出来事が起こると、「この惨事で陰謀が暴き出される」という反応がしだいに一般的に見られるようになっている。
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