出世から性愛まで「古代中国人」の驚きの日常生活 「キングダム」が100倍面白くなる研究の最前線

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ーー2000年も前の日常生活の「痕跡」を、どうやって見つけるのですか。

漢文の主要な文献を、頭から地道に読み進めていった。最近の研究者はパソコン上で史料のデータベースを使うことが一般的になり、頭から読むことをしなくなった。ただ、調べたい物事がどのような単語かがわからなければ、検索することすらできない。結局、通読するのがもっとも効果的だ。

そうはいっても、古代中国の文献史料はそこまで多くない。せいぜいこれくらいの量だ(研究室にある1台の本棚を指しながら)。まともな研究者ならば、10年あれば読み切れる。もちろん、精読はしきれないから流し読みだが。すると、英雄譚と政治の記述に彩られた正史(国家が公認した歴史書)の合間に、サラリと日常生活に関する記述が書かれていることに気がつく。

本棚1台分の漢文史料を、10年ほどかけて読み切った(撮影:尾形文繁)

たとえば、万里の長城を超えて北方異民族の匈奴(きょうど)と戦う皇帝についての記述。皇帝が大将軍と語らう場面で、皇帝はどうやら便意を我慢できなかったらしい。話をしながら、おまるのようなもので用を足している。現代の日本人からすると「何このシチュエーション?」と驚きを禁じえないが、当時はそれが日常だった。

――カルチャーショックを覚える一方、現代人として親近感がわく習慣もあります。

当時の人が正座をしていたことはすでに研究があるが、足がしびれていたのかは不明だった。そこで調べてみると、皇帝に長時間座らされたなど、足がしびれている人の記述が続々と出てきた。さらに、部屋の中で靴を脱ぐ習慣があることや、偉い人と話すときは自分が階段の1段下に立つというマナーがあることもわかった。

こうした記述を網羅的に集めて、つないだのが今回の研究だ。同じ文献は当然ほかの中国古代史研究者も読んでいるはずだが、読み飛ばしてきた。それくらい1つ1つの「発見」はささいで論文にしにくくても、集積することではじめて日常生活が立体的に復元できてくる。

「美人女子」を墓に入れた下っ端役人

ーー文献史料に加え、出土史料も多数活用していますね。「明器」と呼ばれるお墓の副葬品は、当時の生活を復元するうえで重要な手がかりになりそうです。

古代の中国人は、死後の世界で目を覚ますと、この世とまったく変わらない世界が広がっていると考えた。そして、お墓に入れた副葬品は死後の世界に持って行ける。ただ家や奴隷のような大きなものはお墓に入らないので、シルバニアファミリーのようなミニチュアにする。あの世に行けば、大きくふくらんで実物大になるとされた。

面白かったのは、けっして裕福ではない下っ端の役人のお墓から、女性の形をした明器がいくつも出てきたこと。それと一緒に竹簡に書かれた納品リストも見つかり、「美人女子十人」と記されている。わざわざ「美人女子」と書いてあるところに、生きていた頃の苦労が偲ばれる。

このように、明器が被葬者の生前の暮らしをそのまま表しているとは限らない。少なからず理想が投影されているのだろうが、だからこそ当時の価値観が理解できるともいえる。

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