「1億総メディア社会」を生き抜く必修知識とは なぜ「メディアリテラシー教育」が重要なのか

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そうなるとゲートキーパーの役割は人々がネット上で最もアクセスするヤフートピックスになるが、そもそもヤフートピックスに掲載される情報選択には限界がある。

ヤフーニュースは、新聞、テレビ、通信社、雑誌などの契約社が配信するニュースのほか、個人の書き手が執筆する記事など多様なニュースを24時間体制で掲載している。その中で「ヤフートピックス」としてトップページに選ばれるのは8つの記事である。

8つの記事はヤフートピックスの担当者が選別し、、ヤフートピックス用にタイトルも短く付けなおす。担当者の多くは元新聞記者でレイアウトなどを担当する整理部記者経験者も少なくない。24時間体制でそもそも情報量が多く、その中で8つの記事しかないため、情報の網羅性は最初から望まれておらず、重要性はなんとなくの目安でしかない。何といっても自分や自分たちの同僚が取材するわけではないため、タイトルを付ける行為も難しい。自社なら記者に問い合わせも簡単だが、そうはいかない。

また、ネットの世界で重要なクリック数を稼ぐため、8つの中の構成は政治、経済、社会以外にも芸能やスポーツが必ず2つが入っている。それはそれでいいのかもしれないが、かなりの雑居感がある。

先進国で顕著な「世論の分断」

さらに問題なのはどの先進国でも世論の分断が前よりも顕著になっている点だ。私自身の専門であるアメリカの政治についていえば、政治的分極化でアメリカの「世論」が2つ生まれるという状況になっている。

リベラル派のトランプ批判は、保守派にとっては「フェイクニュース」でしかない。移民排斥など保守派の強い信念は、リベラル派にとっては悪夢のような過ちだ。世論が2つあればまったく別の「真実」が2つあるようにみえる。

メディアからの情報は世論とともにある。そう考えると、メディアからの情報はわかりにくくなって当然だ。日本の政治についての情報も異なる「真実」が共存にしているようになりつつある。

ハイブリッド戦争という言葉が定着してきたように、国際情報も送り手の意図がかなり入り込んでいる。虚実入り乱れた情報が飛び交いつつある。

例えば、ロシアのウクライナ侵攻に関連して、さまざまな世論誘導とみられる情報が日本でもネットにあふれている。自分に有利な情報を徹底的に流布させ、人々の心をつかむ「制脳権」なる言葉すら登場している。国家ぐるみの「フェイクニュース」が連日あふれている。

こんなに難しい時代に純然たるゲートキーパーが不在であり、人々が自分で情報の価値を選別しないといけない時代になっている。受け手のメディアリテラシーの能力が問われる時代となった。

ただ、いつも思う。メディア情報を読みとく能力であるメディアリテラシーは教えることができないのではないかと。なぜなら、メディアリテラシーとはこれまで蓄積してきた知識や経験などを一瞬の間に総動員して判断する総合力そのものだからだ。

総合力だから、できる人はこれまでの蓄積で何もしなくてもできる。できない人はいつまでたってもまったくできない。そして放っておけば、当然、できる人とできない人との差が大きくなる。

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