山折:実際に、今、人文系の学問を修めた人間が大学を出てどういう就職口があるか。理系の世界でどういう仕事ができるのか。このあいだ新聞に出ていて驚きましたが、そりゃ広報の仕事があるよ、営業の仕事があるよということです。もしこれが実態だとすれば、もう絶望的な状況です。
中村:恐ろしいことを伺いました。今までそのようには考えてこなかったので、今、ショックを受けているというのが正直なところです。私たち研究者は、科学で人間のことがすべてわかり、そうなれば哲学や宗教がいらなくなるなどとはまったく思っていません。
おそらく、科学は、社会に出て行くときに歪んでしまうのではないでしょうか。わかりやすい例が「進化」です。進化は、evolution(エボリューション)です。evolve(エボルブ)は「絵巻を開く」というところから来て、一般語としては「展開する」です。進化とは展開していくことです。生命誌研究館には扇型に多様な種が生まれていく様子を表した「生命誌絵巻」の展示がありますが、これが進化です。
今の社会の価値感は「進化」ではなく「進歩」
中村:ところが、今の社会の価値観は「進歩」です。これはひとつの価値観の中で上下を決める。だから「進歩」の場合、先進国と開発途上国があるわけですね。
でも生き物の世界では、ライオンとアリを比べてどっちがすばらしいかということはない。世界中にアリのいないところはありません。多様に広がっているという点では、アリほどすごいものはない。しかも女王アリを頂点とする社会をつくって暮らしているところは、ライオンより見事とも言える。だからアリとライオンを比べることには意味がないのです。
今、進歩と進化を混同し、「現在の社会環境に適応できない者は消える」という意味で使われたりします。そして、先生がおっしゃった「サルのことがわかれば人間もわかる」と言ってしまう。人間を知る素材としてサルの研究は大事という位置づけです。私たちも伝え方が悪いのでしょう。
山折:伝えていくことも大事ですし、科学者自らが考えることが大事だと思います。iPS細胞の山中伸弥さんという方は、人間的にも研究者としても立派な方ですが、ただ山中さんは、「われわれは精子や卵子という生命の根源的な単位を作るところまできた。将来的には生命を誕生させることができるかもしれない。これは大変なことだから、どうぞ哲学とか宗教の世界の人々が考えてください」という意味のことを言っておられる。
とはいえ、それはやっぱり科学者自身もお考えいただかなきゃいけないのだというのが私の考えです。
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