侵攻で浮かびコロナで落下、マクロンの「綱渡り」 4人の戦いとなったフランス大統領選の行方

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2022年2月7日、ロシアのプーチン大統領と会うフランスのマクロン大統領。緊迫するロシアとウクライナ関係の調停役に出向いたマクロンだったが、テーブルの距離と同じように調停役には成功しなかった(写真・AA/時事通信フォト)
2022年4月10日に、フランスでは大統領選挙が行われる。2022年2月のウクライナ侵攻後、すぐさまロシアに飛び、プーチン大統領と会談した現職のマクロン大統領の姿は記憶に新しい。マクロンはこの時、紛争の調停役を自認し、再選へのアピールとしようとしたが、驚くべき「報告書」の存在が暴露され、再選に黄信号が点った。支持率が伸び悩むマクロンの尻目に、極右のマリーヌ・ルペンが当選を虎視眈々と狙う。

 

2013年1月11日、フランス軍は突然、アフリカのマリへ侵攻した。マリ政府の要請に基づいたものだが、事前に国連などへの連絡もなかった。「セルヴァル作戦」と名付けられたこの侵攻を主導したのは、当時の大統領フランソワ・オランドであった。それから9年経った2022年2月、フランス軍はマリから撤退した。莫大な費用を費やしたマリ政府救援の大作戦は、結局アフリカ人の不興を買っただけに終わった。

しかし、この作戦は少なくともオランドにとっては一時期、神風となった。2012年に大統領に就任して以来、スキャンダルにさいなまれ、支持率が低迷し続けた大統領を救ったからだ。スクーターに乗って、大統領官邸であるエリゼ宮から愛人宅に向かう滑稽な大統領が、正義なる戦いを主張するという大茶番を演じることで、一気に人気回復を果たしたのだ。

マクロンに神風が吹いたか

しかも2015年には、パリを襲った2度の衝撃的テロ事件に対して国民全体の総力戦を主張し、頼れる大統領というイメージを植え付けることができた。これにより、再選への準備は万端のはずであった。ところが2017年の選挙では、オランドは出馬さえできない状態に追い込まれてしまったのだ。神風が早く吹きすぎたということであろうか。

ひるがえって、2022年4月10日の大統領選挙で再選を狙うマクロン大統領は、本当についているともいえる。2022年2月24日からのロシアによるウクライナ侵攻によって、一気にマクロン株が上がったからだ。2022年3月現在、マクロンへの支持率は28パーセント。2位のマリーヌ・ルペンの21パーセントを抑えてトップだ。低迷していたマクロンへの支持率が、ウクライナ侵攻で上がったことには間違いない。

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