「ウィル・スミス平手打ち」擁護に見る日米の差 妻の外見へのジョークに対する暴力は愛の証か

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また、この前代未聞の出来事のせいで、受賞者たちの特別な瞬間が損なわれた。あの平手打ち事件の後、人々の頭は「いったい何が起こったのか」ということでいっぱいで、受賞スピーチに注意を払えなくなった。

授賞式が終わってからも、ニュースの中心は『コーダ あいのうた』が作品賞を受賞したことや、2年連続で女性が監督賞を受賞したことではなく、スミスの話題になってしまっている。意図的ではなかったにしろ、スミスは今年のオスカーをハイジャックしたのだ。

さらに、人種差別との闘いにも大きく水を差した。アメリカには今も、「黒人は怖い」という偏見を持つ人がいる。そのステレオタイプを崩すべく、多くの黒人が長い年月をかけて努力を積み重ねてきた。

黒人の少年たちはどう受け止めたか

そんなところへ、チャーミングなナイスガイとして知られてきたこの黒人のトップスターが、そこが格式高いアカデミー賞授賞式であることも、全世界に中継されていることも忘れ、たかだかジョークのために、他人を引っ叩いたのだ。

しかも、その後の受賞スピーチで、彼は「愛のためにやった」と自分の行為を正当化している。スミスをヒーローとして崇めてきた黒人の少年たちにそれがどんなメッセージを送るのかを、彼は考えられなかった。好きな女の子が誰かからバカにされたら、暴力で抗議するのが愛の証しなのか?

黒人が最も嫌うことのひとつに、テレビや映画に出てくる「怒りっぽい黒人」の描写がある。それを、スミスはわざわざリアルでやってみせた。常識人ならば感情を抑えるであろうところを、彼は抑えられなかったのだ。

それは、愛でもなんでもない。単なるエゴ、身勝手な行動である。その結果、自分のコミュニティー全体に迷惑をかけた。彼の言い訳を真に受けてはいけない。ウィル・スミスは、可哀想でもなんでもないのだ。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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