なぜ金正恩は、南北首脳会談に言及したのか

北朝鮮国内向け「新年の辞」で異例の呼びかけ

最近、緩やかに回復しているとされている北朝鮮経済についての言及もあった。金第1書記は「今年の人民生活向上において変化をもたらすべき」とし、「農産と畜産、水産を3つの軸にして人民の食糧問題を解決し、食生活の水準を一段階高めるべき」と述べた。具体的には、北朝鮮南東部・江原(カンウォン)道洗浦(セポ)台地の畜産基地の建設を督励し、昨年に続いて漁獲量の増大をなすべきとしている。

また、2013年に設置された経済開発区を「外資誘致のために全国各地の経済開発区を発展させるべき」と触れ、特に2014年6月に設置された元山(ウォンサン)、金剛山(クムガンサン)観光地帯を取り上げた。元山は、かつて新潟港との船便が行き来した場所であり、「地方都市建設のモデル地区」として注目されている場所だ。

礒﨑敦仁・慶應義塾大学専任講師のコメント

金正恩第1書記にとって今年の新年の辞は3回目となるが、これまでにない非常に興味深いものだった。大きな政策転換や新方針を打ち出すというものではないが、表現が非常に具体的だった。また、金第1書記自身が直接指摘することで、内容にこれまでにない重みを与えている。

新年の辞の形式は例年通りだが、統一・対南(韓国)政策に関する言及が長かった。文字数にしても昨年、一昨年と比べ倍近く増えており、新年の辞全体の5分の1を費やして言及している。新年の辞は、本来は北朝鮮国内向けに話されるものだが、統一・対南関係にこれだけ費やしたのは非常に異例だ。また、韓国に対する表現も「好戦狂」といった罵詈雑言のような表現は使わず、「南朝鮮当局」という抑えた表現で述べている。

今年は、「わが民族を二つに分断し、この70年間民族分裂の苦痛を与えてきた基本張本人である米国」とし、米国に分断の責任があると触れている。韓国とは今後の関係活性化、交流拡大を狙っているといえる。また、金第1書記自らが「最高位級会談を開かない理由はない」と述べるなど、南北首脳会談の開催可能性に言及したことは重い。韓国政府も北朝鮮の最高指導者が自らの口で言及したことについて、慎重に対応していくべきではないか。

今年の新年の辞でさらに興味深いのは、「われわれ式社会主義を南朝鮮側に強要しないし、これまでも強要したことはない」と言及した部分だ。これまで、「北朝鮮は韓国の赤化統一を狙っている」という認識が広く定着していたが、短期的、表面的にはこれを真っ向から北朝鮮側が否定した。金第1書記自らが昨年以上に積極的な対話攻勢に出ていることがわかる。

対外関係では、「多角的」という言葉を2回使っている。これは中国への事実上の依存関係から脱却したいことの現れだろう。経済面では、経済開発区に関して言及しており、特に元山(ウォンサン)・金剛山(クムガンサン)と具体的な地名を出してきた。

金剛山は金大中政権時に韓国側によって開発された経緯もあり、南北交流を重視するということだろう。元山については、「日本」の参与についても金第1書記の考えがあるのかもしれないが、そこまでは読めない。

北朝鮮国内については、植民地からの解放70周年、朝鮮労働党創建70周年という節目を迎え、特に労働党が創建された10月を「10月の大祝典場」と表現して、それまでに諸活動に邁進するように呼びかけている。

特に、発電所や果樹園といった具体的なプロジェクトが出てきた。比較的現実的な目標だと言える。金第1書記はこれまで、先代指導者に比べ、理想的な目標や表現をつかって呼びかけるのではなく、現実的な目標や表現で指示してきたことの延長線上にあるだろう。さらに、党の役割を強化することについての言及や、経済管理を改善することについての言及も目立つ。

新年の辞の最後は、「家庭」という言葉で締めている。「希望に満ちた新年2015年を迎え、全国の家庭に幸福が宿ることを願います」という表現だ。これまでは、たとえば「勝利に向って力強く闘っていこう」といった、強い表現で締めることが多かったが、今回は「家庭に幸せを」という表現で締めている。これは「親しみやすい指導者」という演出の一環なのかもしれない。自らも家庭を持つ指導者であることも関係しているとも考えられる。

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