トヨタ下請け企業、「絶品シェーカー」に挑む 金型づくりで培った独自の技術を活用

豊田市の工場でカクテルシェーカーを手にする横山哲也さん
穏やかな口調の横山さんは細身で色白。作業着以外は工場労働者の風情ではない。創業者の孫にあたるが、小さいときは工場で働くつもりはなかった。
大学は東京に出て、ウェブデザインを学んだ。卒業後もウェブ制作会社に勤めていたが、4年ほど前、工場がタイにも進出することになったとして実家に呼び戻された。タイと日本を往復して新工場の立ち上げに奔走していると、「田舎の一企業と思っていた家業が、世界を舞台にやっていけるだけの技術力を持っている」とあらためて分かったのだという。
一方で、これまでの常識にしばられないタイ人スタッフの方が、ときに面白いものをつくってしまうこともある。自分たちも大企業の下請けという立場にしばられず、創造性を発揮して技術の価値を高めなければ——。そう思い立った横山さんは、自社の技術を何か別のものに生かせないかと模索し始めた。まっとうに車イスなども考えたが、まずは「自分が心の底から愛情を注げるものを」と決意。日本酒が好きだったことから、ステンレスを磨いた「日本酒のグラス」を試作してみた。
日本酒には合わなかった
行きつけだった日本酒バーに試作グラスを持ち込んで、従来のグラスと飲み比べ。味は変わっているように思えたが、ちょっと微妙すぎる。金属のグラス自体、日本酒には合わないよと突き返された。
落ち込みながらふらりと立ち寄ったのが、名古屋の繁華街・錦の「バーN」。バーテンダーの松本貴之さんに頼むと、日本酒グラスでウイスキーの水割りなどを試してくれた。確かに味の変化は微妙。でも何か可能性はありそうだ。そう評価してくれる松本さんのかたわらに、既製品のカクテルシェーカー。これでやってみようと、横山さんが工場に持ち帰って内側を磨き、松本さんが店であらためてカクテルをつくってみた。今度は、味の違いがはっきりと分かった。
「シェーカーの中で液体がきれいに、ストレスなく回っている感覚があった。素材が引き立ち、グラスに注いだ後も味や香りが長持ちする。うまいかどうかは人によるでしょうが、とにかく何かが違ったんです」と松本さん。
確かに、松本さんの店でギムレットを飲み比べさせてもらうと、従来品とは色や泡立ち方が違う。口に含むとピリリとした辛さが、後からじんわりときた。あくまで、素人の感じ方だが。
手応えを感じた横山さんは会社に企画書を出し、社長である父、眞久さんや専務の兄、栄介さんを説得。2人とも製造業の行き詰まりを感じつつあったことから、とりあえずやってみようとゴーサインを出した。それからは横山兄弟と数人の職人が試作品をつくり、出来上がると夜の街に繰り出して松本さんらに助言をあおぐという日々。横山さんは「さすがに5キロ太りました」と振り返る。
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