37歳がんで逝った男の20年後も残る闘病録の重み HTML手打ちでHPに希少がんとの闘いをつづった

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賢二さんの徹底ぶりはMy Schoolにつまっている。

病状を追う基点となるのが「精巣ガン」コーナーにある「病歴」ページだ。治療状況や体調などを表組みにした時系列でまとめており、そこに治療経過の詳細をまとめた「化学療法」や、日々の日記をまとめた「入院日誌」などへのリンクを貼っている。そして、それぞれのページで専門用語が使われると「用語解説」ページに、採血があると「血液検査結果」ページに飛ぶ。

左から「病歴」ページ、「化学療法」ページ、「入院日誌」ページ

入院日誌はひと月1ページの構成だったが、途中から1日1ページに切り替えた。また、とりわけ重要に思える知見は日誌とは別枠の「経験談」コーナーに置くなど、細かな試行錯誤が各所に見られる。そのほかにも、病気と関係のないHTML文書の解説やデジタルカメラのうんちくなどを「精巣ガン」と同階層の「コンピューター」や「写真部」コーナーに作るなど、精力的にホームページを充実させていった様子がうかがえる。

その一方で、病状は厳しさを増していく。2001年8月に退院したが、翌月の通院検査で胸のレントゲンに影があり、わずか1カ月で再入院することになった。右肺の一部を切除し、そのまま越年して2002年2月まで病院で過ごす。

<これだけ入院期間が長くなると、生き方も変わってきています。最初の頃は、「退院したら○○○がしたい。」など、退院してからの計画を立てていましたが、今は、「入院中を如何に生きようか。」と考えるようになりました。
(略)
あと何年、いや何ヶ月生きられるか全くわかりません。1日、1日を大事に生きたいと思っています。>
(精巣ガン/経験談/如何に生きるべきか(2002年1月26日更新))

左肺にも転移、最後の病院生活に

これまでの療法が効かなくなったのを機に体力回復を目的に退院。プールで運動する日々のなかで、長女の授業参観に行くこともできた。しかし、翌月には右肺周辺に新たな影が見つかる。右肺全摘手術のために再び自宅での暮らしから離れることになった。ところが、手術は直前に中止となる。左肺にも転移が見つかったためだ。

<化学療法に期待できないから手術にかけてみたのです。その手術が不可能となると、状況はかなり厳しくなります。
つまり、次の化学療法には期待できないといこと。そして、もし抗がん剤が効かなければ、余命は1ヶ月だろうということです。>
(精巣ガン/日誌/入院日誌5回目/2002年3月12日(火)手術中止〈原文ママ〉)

ここで賢二さんは死がより近く、いつでも自分を捉えられる位置に来たことを覚悟した様子だ。「次の夏休みまでは期待できない」と、子どもたちの春休みと重なる月末に病院の許可をとって家族旅行を敢行した。それから5月に退院して、6月に肺炎のために再入院。翌7月に退院するが、これが最後の病院生活となる。

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