・6月、この頃になると、仕事に支障が出るほど腰が痛くなり、痛み止めの座薬もあまり効かなくなり始めました。>
(精巣ガン/病歴/発症から入院まで)
・とにかく、この時は腰が痛かったので、なんとかして欲しいと思うばかりで、告知に対してさほどショックはありませんでした。
・精巣ガンは、10万人に一人と言われるほど珍しいものですが、とくに私の場合、睾丸が全く腫れておらず、精巣ガンのなかでもさらに少ないタイプらしい。>
(同)
すでにリンパ節に転移しているという。そのまま入院となり、半年以上かけて化学療法と外科手術を受けることになった。
三度目の長期入院前にHPをスタート
それから二度の長期入院を経て2回目の職場復帰を果たした2001年3月、今度は肺の近くの縦隔リンパ節に転移が見つかる。直ちに手続きが取られ、三度目の長期入院を余儀なくされた。次はいつ職場に戻れるかわからない。「My School」がスタートしたのは、その入院の前日のことだった。
このホームページは、作ることで病歴などの整理ができる、応援してくださるみなさんへの報告、および他の患者さんたちの参考になればと思い作成しました。>
(精巣ガン/自己紹介)
ただし、サイト内にはトップページに掲げる「since 2001/3/29」以前に作成したページが数多く存在している。上に引用した自己紹介ページも2001年1月29日の更新だ。かねてから、やがて訪れる長期入院のタイミングでホームページを公開する構想を練っていたのではないか。
(外部配信先では画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
そう思えるほどにコンテンツも最初から充実している。そして、死との向き合い方も定まっているようにみえた。
更新日が表記されているうち、最も古いページは一遍の長文テキストのみで構成した「ガンと共に生きる」だ。2000年7月25日、2回目の長期入院時に無菌室(クリーンルーム)で書いたもので、このときの思索が「死ぬことは、さほど怖くありません」と断言できる根拠になっていると思われる。
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