81歳の志茂田景樹「短所はほっとけ」と語るワケ 短所は直しづらいが、長所は磨けば光ってくる

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勝って終わると、東京へ戻り、中野、高円寺界隈を飲み歩いた。負けた日は下総中山駅まで歩いて帰る。ポケットには小銭が70~80円。もっとも、定期入れには、常時、500円札を1枚畳んで差し込んであった。所持金がゼロになったときに、都下の自宅までの電車賃に使うためだった。下総中山駅までは早足でも20分はかかったかな。

そんなある日、駅の改札口付近で、中学生くらいの男の子が血の気のない顔でウロウロしていた。その男の子と目が合ってしまったのよ。彼は必死の形相で近づいてきて、電車賃を貸してください、と哀願してきた。何か事情があるらしいと思ったから、迷ったものの、500円札を引っ張り出して与えた。

500円を返してもらう気もなかったし、返しにくるとも思わなかったけど、必ず返しに行くからと言ったので、住所、氏名を書いて渡した。彼は何度も頭を下げて、切符売り場の人込みに紛れて姿を消した。自宅から大学の最寄り駅までの定期は持っていたので、何とか自宅に戻った。 ただ、あの逼迫感は何だったのか、としばらくは心に残ったのよ。

「下総中山駅でおカネを借りた者です」

それから、6、7年も経ってのこと。帰宅すると、お客さんよ、と母に告げられた。20歳ぐらいの学生服の客で、僕を見るなり、ニコニコして頭を下げたの。

「下総中山駅でおカネを借りた者です」あっ、と思ったよ。500円札が入っているらしい封筒を僕に手渡し、お土産も差し出してきたので受け取り、その包みを開けると、1万円分の商品券が入っていた。

「おいおい、無理するなよ」返そうとしたら、気持ちです、とこっちが怯むほどの語気で拒まれた。家が豊かな気配も感じたし、ありがたくもらうことにしたよ。30分も歓談したかな。あのときの彼の切迫した様子は只事じゃなかったから、もちろん訊いたぜ。

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