「戦下の正常化」でECBが直面する困難とユーロ高 ラガルド総裁は資源価格よりも賃金上昇を警戒

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当然、会見ではその意味を質す記者が多かったが、その意図するところは曖昧さを増した印象である。ラガルド総裁は 「いくぶんか経過した後(some time after)」は「包括的なもの(all-encompassing)」であり、「1週間後もありうるし、数カ月後もありうる(It can be the week after, but it can be months later)」と述べている。直感的に「shortly before」よりも意図する期間が延びた印象を受ける。

一方で、金利水準に関するフォワードガイダンスでは長らく「the Governing Council expects the key ECB interest rates to remain at their present or lower levels」(理事会は、主要な政策金利が現在またはそれ以下の水準にとどまると予想している)と利下げ可能性が示唆されてきたが、今回から「or lower」が削除された。利上げへの意思を明確にする一方で、その時期については曖昧さを加えるという絶妙なさじ加減だ。ここまで予防線を張っても会合後の域内金利は跳ねているのだから、この程度の曖昧な情報発信を交えつつ、少しずつ出口に向けて「匍匐(ほふく)前進」をすることが正解なのだろう。

やはり高まる賃金への警戒感

上述したように、「戦火の正常化」はスタグフレーションすなわち「不況下の物価高」との戦いである。ここで中銀は「不況」と「物価高」のいずれを重視して動くべきか判断を迫られる。とりわけユーロ圏は地政学リスクの当事者ゆえに、この2つの現象をいかにバランスするかが余計に難しい。

ここまで見てきたように、現状のECBは「物価高」を重視する立場を取りそうである。これはロシアへの資源依存度が高いユーロ圏では想定外の物価上昇が起きかねないというリスクを重めに見た結果ともいえる。その懸念は2つ(悪化と最悪)の代替シナリオを用意したことにも表れる。さらに懸念されるのは賃金動向である。

今回の声明文や総裁会見を見るかぎり、明らかに賃金上昇への警戒感は前月よりも高まっている。例えば会見でラガルド総裁は「今は見えていないが、われわれが非常に、非常に注視している計数として賃金上昇圧力がある(what we are not seeing so far and we are very, very much scrutinising the numbers, is wage pressure)」と語気を強めた。2月会合までは賃金上昇圧力が見られないことは、むしろ正常化を急がない理由に使われていたが、今回は「嵐の前の静けさ」と捉えられている。

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