プリカルバッチャオブルエネルゴ社に着くと、私は中央制御室に案内され、そこで事件当日に現場を仕切った副部長ボグダン・ソイチュクを紹介された。広い部屋の壁一面に送電網が描かれており、その対面に配備されたコンピューターに何人か作業員が向かっていた。
「あの日、この部屋は本当にパニックでしたよ」
ソイチュクが事件の様子を丁寧に説明してくれた。
「忘れもしません。2015年12月17日午後4時26分、日中シフトの従業員が帰り支度を始めたころでした。各地の変電所から一斉にシステム障害の報告が入ったのです。送電を管理するコンピューター画面上でカーソルが勝手に動き出して、送電停止のスイッチが次々にクリックされていった。作業員が慌ててマウスでカーソルをコントロールしようとしても操作が効かない。緊急用のシステムも作動せず、瞬く間に州内130の変電所のうち22のブレーカーが落とされました」
日本やアメリカが攻撃されたらどうなるか
電力会社本部の上層部や国のサイバー防衛を担うSBU(ウクライナ保安庁)と連絡を何度か取り、15分後にはコンピューターシステムをすべて落とし、手動操作に切り替える決定が下された。変電所130カ所すべてに作業員を急行させ、手作業でなんとか電力供給を復旧した。気温氷点下の中で23万人の住民が最大で6時間、停電に見舞われたという。
「(ロシアが支援する武装集団との戦闘が続くウクライナ)東部の情勢もあり、システムが乗っ取られたと誰もがすぐに確信しました。だから、素早く対応できたのです」
ソイチュクは自動化が遅れていたため、手動切り替えが迅速にできたことが「不幸中の幸いだった」とも付け加えた。
「高度なシステムを持つ日本やアメリカが攻撃されたらどうなるか、私には想像もつきません」
ウクライナではその1年後の2016年暮れにも、電力会社ウクレエネルゴの送電システムがサイバー攻撃を受け、首都キエフ周辺が大規模な停電に陥っている。
私はイワノフランキフスク州の取材の後、空路で1時間半、キエフに引き返し、サイバーセキュリティー大手ISSP社に向かった。2016年のウクレエネルゴ社の事件を含むウクライナで起きた複数のサイバー攻撃の調査・分析に関わった同社の技術者、オレクシー・ヤシンスキーに会うためだ。
地元メディアに彼の発言が取り上げられているのを見て、事前に取材アポを取り付けていた。
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