しかし、このイメージは誤ったものである。池尾和人・慶応義塾大学教授が繰り返し指摘しているように、市中銀行が短期国債を日銀への当座預金に置き換えるだけでは何も起こらないからだ。さらに、お札の量は増えない。マネタリーベースの拡大ではなく、(現金プラス当座預金額ではなく)当座預金額を拡大するのであるから、お札は増えないのである。
日銀当座預金の増加と「実弾供給」の違いとは?
ゼロ金利の中で、日銀当座預金額を増やすことは、どんな意味があるのか。意味はない。それは、日銀の気合いを表しただけであり、実際の効果はなく、実弾はないのであるから、何の変化も起きない。
一方、長期国債の買い入れは実弾供給である。長期国債はリスク資産であり、市中の銀行が長期国債を中央銀行に売って、代わりに中央銀行への当座預金額を増やすのであれば、これはリスク資産の減少であり、長期資産の減少であるから、増えた無リスク資産あるいは短期資産を、別の長期資産へ振り返る可能性があるからだ。別の長期資産が株式であれば、株式は需要が増加することにより価格が上昇するし、貸し出しに回れば、企業や個人の支出(消費または投資)が増えることになり得る。
リスク資産の買い入れ、FEDであれば資産担保証券であり、日銀であれば、日本株ETF、J-REITの購入であるが、これはさらなる実弾供給である。長期国債よりもリスクのある資産であるから、本来中央銀行が行うと思われていないリスク資産を購入するわけであるから、金融市場だけでなく、実体経済へ直接リスク投資することになる。
ただ、実際は、それが株式市場(およびJ-REIT市場)というセカンダリーマーケットへの流動性供給という形を取るから、この市場における需給の変化が、これらのリスク資産の価格上昇だけにとどまり、実体経済におけるリスク投資の変化をもたらさない可能性もある。
さて、中央銀行の買い入れ資産の種類によって、中央銀行が供給しているもの、量的緩和と世間で呼ばれるものにより、市場にもたらされるものの違いについて議論してきたが、実際のところ、この分類はあまり関係ない。
本稿は、この分類が重要であって、量的緩和の定義をしっかり考えよ、という論点から始まったはずなので、これでは本稿の議論の意味が全くなくなってしまうのであるが、これまで、このような議論をしても、あまり世間で日の目をみなかったのは、やはり意味がないからである。
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