"iPhone決済"、激突した「業界のカベ」の正体 問われる「消費者利益」のとらえ方

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そもそも、簡単、セキュア、プライベートというApple Payの3つのキャッチフレーズは、こうしたサービスの大原則だ。また消費者側に選択肢を与える、というのも、鉄則のひとつだろう。アップルが「Apple Payを許可しないチェーンは、基本的な消費者の利益を守ろうとしていない」というレッテルを貼るのだとすれば、小売りチェーン側としては、それを避けたいのではないだろうか。今後、アップルはこうしたイメージ戦略も何らかの形で取り組んでくるかもしれない。

9月9日にiPhone 6とともに紹介されたApple Payのプレゼンテーションの中で、同サービスに対応する小売りチェーンが発表されている際、ひときわ歓声が上がったチェーンがあった。それはWhole Foods Marketだ。オーガニック、ベジタリアン・フードなどを取り揃える高級志向のスーパーだ。

こうした発信力のあるチェーンを取り入れていくのは良い戦略だろう。また、大規模チェーン以上にインパクトがありそうなのは、むしろローカルの小規模な店舗ではないだろうか。こうした店舗にApple Payを導入する何らかの方法を、アップルは独自に、あるいはパートナーとともに考えるべきだ。

Apple Payそのものはスタートしたばかりだが、どこか既視感がある。既存の仕組みや取り組みを堅持しようとする業界と、そこに切り込むアップルの構図は、既に音楽流通と携帯電話の2つの業界で展開された。結果はご存じの通りだ。

もっとも、音楽流通をデジタル化しCDを殺したiTunesは、昨今売り上げを大きく落としている。アップルは、ビーツミュージックを買収して新たなトレンドにキャッチアップしようとしている。Apple Payについても、インパクトのあるパートナーを押さえながら、ジワジワと普及を進め、iPhoneのデザインが刷新されるであろう2年後までには、拒否をしている小売りチェーンを切り崩せているかもしれない。

「ある程度のオープンさ」が必要に

日本からみると、このApple Payへの驚きはないだろう。日本国内のチェーン系の店舗は、スーパーもコンビニも、比較的安全にカードを利用することができる。どの店舗に行っても熟練と言うべきレジ打ちのスピードで、カード決済に1分も待たされることなどないはずだ。またSuicaなどの非接触カードと、これをケータイに搭載するおサイフケータイのサービスが生活に入り込んでいる。指紋認証は新しい要素だが、決済に要する時間という点では、Apple Payの方が遅いくらいだ。

スピード面に加えてApple Payが日本から学ぶべきは、”ある程度のオープンさ”だ。おサイフケータイはNTTドコモの商標だが、KDDIやソフトバンクなどからも、おサイフケータイに対応する携帯電話やスマートフォンが発売されており、店舗やアプリ開発者のスケーラビリティを確保している。

確かにiPhoneは、単一のデバイスとしてはトップの販売シェアを誇っている。しかし、小売りチェーン側はAndroid端末を無視できるはずがない。iTunesは当初はMACのみに対応していたが、Windows PCに対応したことで一気に普及した。次のステップで、アップルが”ある程度のオープンさ”に踏み込めるかどうかが、本格普及のカギを握りそうである。

松村 太郎 ジャーナリスト

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まつむら たろう / Taro Matsumura

1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。著書に『LinkedInスタートブック』(日経BP)、『スマートフォン新時代』(NTT出版)、監訳に『「ソーシャルラーニング」入門』(日経BP)など。

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