「吉田調書報道取り消し」で朝日は傷だらけ 他にも求められる特ダネの検証

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紙の記事から「伝言ゲーム」などのくだりが削られた理由について、杉浦取締役は「事後的な発言として割愛した」と、取材班が重要視していなかったからだと説明し、結果的にその判断が間違っていたと認めた。

その上で、「東電の社員をおとしめるなどの意図はなかった」「事実をねじ曲げるようなことはなかった」と強調した。しかし、この釈明を額面通り受け止め、納得できる読者は少ないだろう。

原発批判、東電批判、除染批判…そして安倍政権批判。今年に入って秘密保護法案では猛烈なネガティブキャンペーンを張っていた朝日社内。その流れの中で限られた記者が手中にした極秘資料。「思い込み」の「思い」の中には社会的告発から私的な功利まで、さまざまなものが入り交じっていて当然だ。

ただ、「思い」と「ねじ曲げ」は紙一重の際どい関係にある。思いの強さのため、必要以上に話を広げ、大きくしてしまう。周りが見えず盲目的になり、記事の捏造にまで至る。そうした過ちは、朝日に限らず多くのメディア人が繰り返してきた。

吉田調書報道も、慰安婦報道もそうした危うさを感じさせる。

慰安婦報道の検証記事では「『反省』という言葉にいろいろな意味を込めた」という。だが、それを読者に「謝罪」でもあるとは受け止めてもらえなかった。1カ月以上がたち、ようやく社長の口から「おわび」の言葉がはっきり聞かれた。

池上氏のコラム掲載拒否を最終的に判断したのは、杉浦取締役だったという。ただし、「掲載するには厳しい」という杉浦取締役からの報告を受け、木村社長も「そうか」と応じていたことを明かした。その決定に現役記者らがツイッターで異議を唱えたことについて聞かれると、「自由な言論空間を保証するのが私のモットー。記者のツイッターを制限するようなことは考えていない」と飄々と答えた。

他にも求められる特ダネ検証

吉田調書の他にも、中部電力の裏金報道など、他社が追い切れていない朝日の特ダネは数多い。調査報道の質、量、態勢で朝日を追い越せるメディアがないのは誰もが認めるところだ。

私も地方紙時代に張り合った朝日記者は皆、優秀で特ダネを連発していた。ただ、中にはあからさまに地方のネタを針小棒大に広げて東京に売り込むことに執着する記者も見られた。

「一部の記者の問題だったのか、構造的な根深い問題だったのか。それらを含めて社内でも、第三者委員会でも徹底的に検証したい」と木村社長。

「根深い問題」が明らかになれば、これまでの朝日の報道がすべて問われることになる。そして全メディアが他山の石としなければならない。本当のメディア戦国時代の幕開けである。

関口 威人 ジャーナリスト

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せきぐち たけと / Taketo Sekiguchi

中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で環境、防災、科学技術などの諸問題を追い掛けるジャーナリスト。1973年横浜市生まれ、早稲田大学大学院理工学研究科修了。

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