韓国はなぜ、今、朝鮮戦争「終戦宣言」を急ぐのか 理想を掲げた政権争いが生む国際社会との齟齬

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まずこれまでの韓国政府の動きを見ると、終戦宣言に関連して北朝鮮の核兵器やミサイルの廃棄については何の要求もしていない。核兵器を持った北朝鮮が宣言に署名することになれば、北朝鮮を核保有国として認めることになってしまいかねない。少なくとも北朝鮮は容認されたと主張するだろう。そんな状況を果たして「終戦」と呼べるのだろうか。

さらに終戦宣言合意が実現すれば、北朝鮮は戦争が終わったのだから韓国に駐留している国連軍を解体すべきであると主張するだけでなく、在韓米軍の撤退や米韓同盟の解消を求めてくる可能性も出てくる。核を持った北朝鮮とアメリカ軍のいなくなった韓国が向き合うことにでもなれば、北東アジア地域がますます不安定化するだけであろう。もちろんこうした点について韓国政府は何も説明をしていない。

党派の理想を優先し国際関係は軽視されがち

保守派・進歩派の対立の激しい韓国政治にはもうひとつの特徴がある。それは現実より正義、法律より理念を重視する点だ。特に民主化闘争を勝ち抜いてきた進歩派は自分たちの定めたあるべき姿や正義を絶対視し、その実現に全力を注ぐ。

その過程で現実の社会や国際関係などは軽視されがちである。自分たちが考える正義に合致しない法律や国際関係があれば、そちらのほうがおかしいのであるから、それを変えればいいという発想だ。

その結果、政権が保守派から進歩派に代わると、内政だけでなく対外政策も継続性が無視され、理想主義的な政策が展開されることになる。今回の終戦宣言問題もその1つである。

日本にとってこうした韓国の国内政治の対立や混乱は他人事ではない。対日政策はもちろんのこと、対北政策など対外政策の大きなブレは、ストレートに日米韓同盟や地域の安全保障に影響し、必然的に日本外交に重くのしかかってくる。従って進歩派と保守派の候補が連日、激しい火花を散らしている大統領選からも目が離せないのである。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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