その中で、ストーリーとしての強弱の付け方も絶妙です。ジョージ・ハリスンの脱退騒動をきっかけに、観客を入れてライブの模様をテレビ・ショーとして公開する計画から大きく変更されていく過程はハラハラさせられます。先が読めないドキュメンタリーとして楽しめるのです。計画通りに進み、ハプニングが何も起こらない内容だったら、ドキュメンタリー作品として楽しむことができなかったかもしれません。つまり、この既定路線ではないことがチャレンジ精神を持つビートルズらしさでもあり、ストーリー性の面白さにつながっています。自身もビートルズファンを公言するジャクソン監督だからこその視点とも言えます。
一方、ビートルズ4人自身やスタジオの空気感については偏見のない視点で描かれているのがこの作品のよさです。彼らがゴシップ記事を無邪気に読み上げている様子や、少年のような表情でふざけ合いながら演奏している姿もあり、そしてオノ・ヨーコやポールの最初の妻であるリンダまで登場します。それぞれの関係性や人間性を垣間見ることができるわけですが、先入観を与える意図はそこにはないはず。それよりも、8時間かけてたっぷりと、彼らが存在していたことそのものを存分に味わおうと、そんな監督の想いを熱く感じます。
最新技術で色鮮やかな映像が実現
ビートルズの表情や声が鮮明に映し出されていることもドキュメンタリー作品としての価値を高めていると思います。50年前に撮影した映像にもかかわらず、これが実現できたのは、コンピューターを用いた視覚効果技術にもジャクソン監督が長けていることも大きいのです。第1次世界大戦の記録映像を再構築したドキュメンタリー映画『彼らは生きていた』(2018年)でその技術を試し、『ザ・ビートルズ:Get Back』にもそれを活用しています。
編集技師のジャベス・オルセン氏がこれについて独占映像で説明していました。元の素材は当然ながら画質が荒く、脱色したような彩度の低い映像だったそうです。それを最新技術でできるだけ自然に復元することに成功し、色鮮やかな映像に生まれ変わったのです。さらに、音源については独自に開発した機械学習システムを使って、ギターの音、ベースの音、声の音をコンピューターに教え込み、モノラルトラックから全ての音を分離して、ボーカルとギターの音だけを抽出するリミックスに成功したことがわかりました。
これら復元と編集作業に3年かけ、仕上がったのが『ザ・ビートルズ:Get Back』なのです。実際に観れば、体験型ドキュメンタリー・エンターテインメントと呼ばれていることに納得するはず。「ゲット・バック」などを演奏するライブ感あふれるルーフトップ・コンサートの映像はまるで1969年のロンドンにいるようで、時空を超える体験をドキュメンタリーで味わう価値は十分にあります。
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