SL北びわこ号退役「12系客車」全国を旅した軌跡 オリジナル車両に残る、はるか彼方の行先表示

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1969年に製造が始まった12系客車は、先に述べた万博の観客輸送で活躍。万博の閉幕後も増備が続けられ、最終的には600両以上の一大勢力となって、旧来の客車を置き換えた。その性質上、それぞれの車両が非常に広範囲を走り回っていたため、車両側面にある行先表示幕には全国各地の駅名が羅列されており、駅などでこの表示を変更する“幕回し”は鉄道ファンにとって楽しみなひと時だった。

今も、宮原支所に所属する12系客車は製造時とほぼ同じ内容の行先幕を装備しており、JR西日本エリアの駅はもちろん、「青森」「東京」「宮崎」といったはるか彼方の地名、さらには「西鹿児島」「大社」「天橋立」といったものまで見られる。

12系の車内。大きな2段式の窓は開閉可能だ(撮影:伊原薫)

車内に入ると、2段式の開閉窓とボックスシートが整然と並んでいた。ひと昔前まで、長距離列車でよく見られた光景だ。座席はリクライニングしないものの、間隔が広いためゆったりと座ることができる。

窓際に設けられた小さなテーブルには、センヌキが残っていた。使い方を示すプレートは色が剥げ、年代が感じられる。このテーブルで瓶ビールや瓶コーラの栓を開けたことがある人も、めっきり減っていることだろう。

団体臨時列車のほか定期急行列車でも使われ、さっそうと全国を走り回った12系客車だったが、その勢いは長くは続かなかった。12系客車がデビューしたわずか3年後、座席をリクライニングできるものにするなど改良を加えた14系客車が早くも登場。こちらが団体臨時列車に進出すると、12系客車は普通列車としての運用が増え始めた。さらに、客車列車の電車化や気動車化が進むと、活躍の場が減少。1990年代には早くも廃車が進んだ。

一方、1990年代には団体旅行のニーズに応える形で「ジョイフルトレイン」と呼ばれるお座敷車両や欧風車両が続々と誕生。これらのベース車として12系客車が多く使われ、多彩なスタイルに“変身”した。2016年までここ宮原支所に所属していた欧風客車「あすか」もその1つ。車内は一部を除いて畳敷きに掘りごたつという和風に改装され、編成の両端には大きな曲面ガラスを備えた展望室が設けられて、好評を博した。

保存価値の高い貴重な存在

だが、こうしたニーズも2000年を過ぎたころから下火となり、ジョイフルトレインは続々と引退。いつしか宮原支所に残る12系客車は6両のみとなり、JR西日本全体で見ても残り8両、全国でもわずか30数両にまで減っている。このうち、青色に白帯という登場時の姿を保っているのは、宮原支所のこの6両と、JR東日本が保有する7両など一部だけ。かなり貴重な存在だ。

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そして、この6両の先行きも非常に厳しい。冒頭で述べた通り、「SL北びわこ号」が運行終了となった理由は、12系客車に起因するもの。特に、部品の入手が困難という点は深刻だ。残念ながら、このまま引退する可能性が濃厚である。

ただ、京都鉄道博物館での動態保存という道はまだ残されている。2021年9月のお別れイベントは、図らずもJR西日本がその可能性を実証したとも言える。そして、このイベントに大勢の人々が駆け付けたという事実は、何よりも力強い後押しとなるだろう。

実は、原形を保つ12系客車の保存事例は、全国的にもほとんどない。一時代を築いた車両の保存に、JR西日本の英断を期待したい。

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伊原 薫 鉄道ライター

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いはら かおる / Kaoru Ihara

大阪府生まれ。京都大学交通政策研究ユニット・都市交通政策技術者。大阪在住の鉄道ライターとして、鉄道雑誌やWebなどで幅広く執筆するほか、講演やテレビ出演・監修なども行う。

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