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ビートルズの「3人目」決定までのもどかしい経緯 『ジョン・レノン 最後の3日間』Chapter4

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ポールはジョージを評して、いい意味で「生意気」なやつ、と呼んだ。それでもジョンは、「ジョージは若すぎる」と言って聞く耳を持たなかった。

「最初はあいつのことが気に入らなかったんだ」とジョンはのちに語っている。

「ポールはあの童顔のせいで10歳くらいに見えたし、ジョージはそのポールよりもさらに若かったからね」

とあるライブののち…

1958年2月6日、クオリーメンは、ウィルソン・ホールでエディー・クレイトン・スキッフル・グループというバンドと競演することになった(バンドのリード・ギタリストはクレイトン、ドラマーはリンゴ・スターだった)。

ライブが終わると、ジョンは遊びに来ていたジョージをたきつけた。

「クレイトンみたいにギターが弾けるなら、お前をバンドに入れてやってもいいぜ、ってジョンに言われたんだ」とジョージはのちに回想している。

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ポールはこのときも、ジョージを応援した。

「いけよジョージ! 見せてやれ!」

このオーディションを、ジョージはいとも簡単にパスした。

「『ローンチー』を弾いてみせたら、ジョンがバンドに入っていい、って言ってくれたのさ」

ジョンは、ジョージが「僕たちよりもずっとたくさんのコードを知っている」ことを認めざるをえなかった。

14歳のガキと一緒にいるところを見られるのは、やはり少し恥ずかしかったが、ジョージの参加でバンドがより強力になったことにジョンは心から満足していた。

「これで、3人そろった」とジョンは思った。

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