「資本主義終焉論者」に欠落している重要な視点 次なる社会システムは「生命の網」から生成する

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斎藤:いまの話にも関係しますが、ムーアは、金融危機、気候危機、食糧危機といった現代の様々な危機を「単一の危機だと考えたほうがいい」と言っています。その危機の根源的な原因としてムーアは、「チープ・ネイチャー(安価な自然)」というキーワードを出して、資本主義は対価が支払われないような自然を様々に収奪してきたことを強調しています。

ここでいう「安価な自然」には、エネルギーやさまざまな資源のみならず、労働力も含まれます。ムーアが、こういった「安価な自然」の収奪を強調するのはなぜでしょうか。

「安価な自然」の収奪を続けてきた資本主義

山下:マルクス主義の古典的な理論では、資本主義の本質的な問題は搾取だという話になりがちです。賃労働は、契約に基づく等価交換を前提に成り立っているのに、それがどうして巨大な資本蓄積を可能にするのかという問いを発見し、労働者からの価値の剥奪を可能にする搾取のメカニズムを明らかにしたところがマルクスの偉大な洞察です。

ムーアも搾取が問題ではないとは言っていません。ただ、それ以上に、チープ・ネイチャーからの収奪という大きなメカニズムが働いていることを重視します。通常、マルクス主義の理論では収奪の議論は2次的で、搾取の議論が一番大事な点ですが、強いて言えば収奪のほうが大事だろうというのがムーアの立場です。

この収奪があるから搾取が可能になり、搾取を持続するために収奪をしつづけなきゃいけない。そういうシステムとして資本主義を理解しないと、現代の危機の実相を捉え損ねてしまうわけです。

なぜか。搾取のメカニズムで閉じた議論をしているうちは収奪が不可視化されてしまうからです。あえてわかりやすすぎる比喩でいうと、正規雇用者の組合の範囲で妥結すれば、非正規労働の人にいくら矛盾を押しつけても構わないという議論になりかねないんですよね。それは現実に起きている問題です。

本当の問題は、正規雇用の人が搾取されていることよりも、非正規雇用が拡大して、収奪されていることにある。ムーアにとっては、女性や児童労働、自然環境といったものもすべて非正規雇用的な存在で、それをチープ・ネイチャーからの収奪というかたちで、一元的に捉えようとしているわけです。

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