元寇「蒙古は神風吹く前に撤退決めた」驚きの事実 日本の反撃に貢献した対馬、壱岐での前日譚
「何事だっ!」
陶器製の玉に鉄片と火薬を仕込んだ「てつはう」である。見たこともない武器や、日本とはまったく異なる戦のルールに翻弄され、死傷者が相次ぐ。戦闘が始まってしばらくしたときには、大敗は誰の目にも明らかだった。
「城に退却する!」
景隆の叫び声にも似た指示を聞くや、宗三郎もその場から駆け出そうとしたが、ふと海のほうへ目を凝らした。
「ん……あれは、何だ……」
よく見ると、軍の船のへりに生け捕りにされた女性たちが立たされていた。
「矢よけに、人を……?」
もし船の近くで見たならば、さらに愕然としたことだろう。対馬で残虐の限りを尽くした蒙古軍は、女性の村民たちを生け捕りにし、その手に穴をあけて数珠つなぎにして、矢よけとしていたのである。
「これほど、むごい仕打ちをできる相手と、私たちは戦っているのか……」
宗三郎が背筋に冷たい汗が流れるのを感じていると、てつはうが近くに投げ込まれ、耳をつんざく。われに帰ると宗三郎はひたすら城のほうへと走った。
途中、何度か蒙古軍に襲われたが、至近距離からの戦いであれば、宗三郎の刀さばきが相手に勝った。それでも城に退却したときは、満身創痍でどの傷口から血がしたたり落ちているのか判別がつかなかった。
息も絶え絶えに声を絞り出す景隆
「む、宗三郎……」
声のほうへ向けば、景隆がやはり傷だらけで壁にもたれかかって、座り込んでいる。
「景隆様!」
宗三郎が駆け寄ると、景隆は息も絶え絶えに「よくぞ生き延びた……待っておったぞ……」と声をしぼり出して、さらにこう続けた。
「蒙古の襲来を大宰府に伝えに行け」
宗三郎は理解が追い付かない。なぜ、自分だけ島から脱出せねばならないのか。
「みなを置いて私だけ逃げろというのですか!」
「違う……誰かがやらねばならんのだ……。大宰府に……伝えよ、この惨状を……。早く知らせてやらねば、国ごとやられてしまう。わかるな?」
さらに、景隆は自分の娘、姫御前を宗三郎のもとへと押しやった。
「姫御前のことは頼む。どうか一緒に島の外へ……」
「ほかの景隆様のご家族は!」
「さきほど自害させた……あとは頼んだぞ、宗三郎」
それだけ言い終わると、景隆は切腹して、その場で果てた。
「か、景隆様!」
もうとうに限界だったのだろう。見れば、身体のあちこちで傷が深い。死してなお、景隆の眼光はなお鋭く、宗三郎に「早く行け」と言っているかのようだった。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら