「心配せんでいい。後は、わしに、任せておけ」 方針に沿った上で失敗した場合には激励

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ならば、考え方、方針に沿いながら、失敗、うまくいかない時は、どうか。そういう時は、慰め、激励してくれたのである。「心配するな!」と、よく言ってくれた。

このときの感動は今も忘れることはない。昭和54年9月のこと。そのとき松下幸之助は、少々疲れた様子で、ポツリポツリと話していた。

「心配せんでいい」

「こないだ、きみがやってくれた仕事な、あれ、相当厳しく文句言うてきたS金属の会長さんがいたわな。きみの報告を聞いて、あれからいろいろ考えていたんやけど、まあ、きみの言うてるほうが正しいと思うわ。けど、正しいことだけで人を納得させることはできんときもあるな。そのことだけ分かっておればそれでよろしい。心配せんでええわ。後はわしに任せておきや。きみがわしの考えに沿って仕事をしたんやということを、ようその人に話しておく。うん、それよりな、こういうことで、きみ、志を失ったり、弱気になったりしたらあかんで。そこんところをしっかりと心に置いておかんと」

こういうことは、たびたびあった。「心配せんでいい。あとはわしに任せておけ」という言葉にいつも感動し、心のなかで涙を流していた。そういうことで、基本の考えを守って、仕事をしておれば、という思いが重なると、経営をやっていくとき、仕事をやっていくとき、とにかく松下からの基本の考え方に沿いつつ、事業に取り組むことが身についてくる。

経営者として、後半はほとんどというより、全く叱責されるというようなことはなかった。常に、松下の考え方、基本方針に沿うことを徹底して心がけたからだ。こういうことを考えてくると、松下幸之助は、叱るにしても、ほめるにしても、その基準がハッキリしていたから、実に、仕え易い「上司」であったと言えるかもしれない。

いまでも、この松下の「きみ、心配せんでいい。あとはわしに任せておけ!」という声がハッキリと聞こえてくる。それにしても、今、こういうことが言える経営者、上司がいるのだろうか。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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