日本とイギリスが米軍アフガン撤退後に担う役割

ユーラシア大陸をめぐる「新グレート・ゲーム」

19世紀から20世紀初頭にかけて3次にわたるアフガニスタン戦争を行ったイギリスにとって、この土地に兵力を送り、困難と挫折を経験した撤退をするのは4度目となる。また、2002年1月および2012年に東京でアフガニスタン復興支援会議を開催し、またその後20年ほどの間に合計で7000億円ほどの、最大規模のアフガニスタン支援を行ってきた日本にとっても、大きな挫折である。

ちょうど同じ時期に、イギリスの攻撃型空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃軍が日本に寄港して、また日本の自衛隊との共同演習も行った。ユーラシア大陸内陸での挫折と、インド太平洋における米、英、日の海洋安全保障をめぐる協力の、この2つの動きを結びつけることも必要だ。

地政学から考える「グレート・ゲーム」

それにしても、そもそもなぜイギリス軍は、地球の裏側の、ユーラシア大陸の内陸にあるアフガニスタンにまで、繰り返し4回にわたって自国の軍隊を派兵して苦しい戦争を戦ったのだろうか。それを理解するうえでは、「グレート・ゲーム」という言葉が、重要な鍵となる。

この言葉を最初に使ったと言われるのが、イギリス東インド会社に勤めていたアーサー・コノリーであった。コノリーが、第1次アフガニスタン戦争のさなかの1840年にローリンソン英陸軍少佐に送った書簡で、中央アジアに勢力を拡大するロシア帝国と、それへの警戒感を強めるイギリス帝国の間の対立の構図を、「グレート・ゲーム」と表現した。いわば、チェスボードの上でコマを動かすようにして、この中央アジアの地政学をめぐり2つの帝国が対立していたのだ。

ちょうどこの時代には、「地政学」という学問が誕生した。イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーは、ユーラシア大陸の「ハートランド」(心臓部)を支配するランドパワー(大陸国家)と、それに対抗して海洋を支配するシーパワー(海洋国家)の対立の構造を描いた。この時代には、ロシア帝国とイギリス帝国との対立がそれに該当する。その後の冷戦時代には、ユーラシア大陸の広大な国土を有するソ連と、その膨張を阻止しようと「封じ込め」戦略を展開した海洋国家のアメリカとの対立の構図が、ユーラシア大陸の政治を動かすことになった。

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