統一を叫べば民心が離れる中国国民党のジレンマ 台湾の最大野党トップになった朱立倫氏に課せられた課題

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次に、江氏との関係だ。2020年3月に党主席に就任した江氏は、朱氏よりもうひと回り若い世代とされ、当初は国民党の世代交代と台湾重視の象徴と目されていた。今回の主席戦では、党主席になっても総統選には出馬しないと明言し、党のために働く姿勢をアピールしていた。国民党の将来を支える人物であることは間違いないが、今回の落選で国民党の若返りは失敗したとのイメージが生まれてしまった。

江氏自身は、新しい党主席(朱氏)の下で団結しようと訴えているが、江氏やその背後にいる若手への処遇は、国民党の将来にとって大きな意味を持つことになるだろう。ある種、張氏への対応よりも大切なこととも考えらえる。

そして最後に注目されているのが中国との距離感である。朱氏は中国との交流拡大にあたり、「一つの中国」を確認したとされる「92コンセンサス」(九二共識)の受け入れを表明している。しかし、2019年に中国の習近平国家主席が「台湾同胞に告げる書」40周年談話で、92コンセンサスと一国二制度を事実上、一緒のものとした。これについて、蔡英文総統はまったく受け入れられないと表明、92コンセンサスそのものを語らない状況になった。

中国からの祝電が意味するものは

国民党も一国二制度については反対の立場である。何より同制度の実験地とされた香港を目の当たりにした台湾世論が、これを受け入れることはない。92コンセンサスでは、一つの中国の解釈権は中台それぞれが有する部分があるとし、朱氏らはここに活路を見出そうとしている。果たして朱氏らが今後、中国との交渉で、92コンセンサスと一国二制度を切り離すことができるのか注目したい点だ。

また、当選した朱氏に中国が祝電を送るのかどうかも注目されていた。実は江氏が就任した際は祝電がなく、中国側が国民党を軽視していると理解されていたためだ。中国共産党はパワー志向が強いとされ、交渉相手に十分な力がないと判断すると相手にすらしないとされる。昨今の国民党は台湾内で中国との統一を進める力はなく、江氏自身が92コンセンサスの否定をしたため、まったく相手にされない状況に陥ってしまった。

その後、国民党は中国からの祝電が届いたこと、そして、返答したことを発表した。しかし、その返答を見ると92コンセンサスの受け入れと台湾独立反対を明確にし、中華民国暦の元号、「民国」の文字を省いた形式となっていた。中国との友好姿勢を打ち出したとみられる一方、対等な立場での交渉を破棄したとも取られ、台湾社会で物議を醸している。

政治家としてほとんどの要職を歴任した朱氏だが、総統という最後にして最大の高みに再挑戦することを、実はいまだ口にしていない。ただ、会計学の専門家で計算高くミスをしない政治家のイメージがあり、上記の問題が一段落したところで正式に表明するのではないだろうか。国民党は朱氏の下で延命はできても再生できるのか。いよいよ目が離せなくなってきた。米中対立が深まる中、現在の民進党との争い、そして国民党の生き残りをかけた激しい闘いが始まりそうだ。

高橋 正成 ジャーナリスト

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たかはし まさしげ

特に台湾を中心に、時事問題をはじめ、文化、社会など複合的な視座から問題を考えるのを得意とする。現役の翻訳通訳者(中国語)。

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