実刑確定、池袋暴走「上級国民」裁判に残る違和感 なぜこの事故ばかり大きく騒がれたのか

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飯塚元被告の検察による求刑は法定刑の上限の禁錮7年だった。それでは軽すぎる、という不満もSNSではあったようだが、それでも法律で定められた量刑のいっぱいいっぱいだったし、そこまで求刑すれば8掛けが相場の刑事裁判でも執行猶予が付かない実刑は免れない範囲だった。それだけ実刑を求める検察側の強い意思もうかがえた。

池袋の事故では、妻子を失った夫がメディアに顔を出しては、過失を認めようとしない被告人に対する失意と悲憤が入り乱れた声を顕わにした。これに同情する庶民感情――とりわけネット世論が「上級国民」批判をより盛り上げさせた。

大手メディアも支持を得られるとあって、こぞって遺族の主張を取り上げた。それだけ遺族の声と存在が目立っていた。この世論形成が検察の求刑を後押しし、裁判長の判決後の言葉となり、そしてなにより被告人に一審判決を受け入れさせたとしても不思議ではなかった。

元東京地検特捜部長の事故の犠牲者にも家族はあった。報道によると、死亡した男性の妻は法廷でこう証言したという。

「(石川被告が)裁判で『私も被害者だ』と話しており、胸をえぐられるようだった」

事故の過失を認めようとしない被告人の態度が、遺族の心を逆なでしていることに変わりはない。

人を裁くにあたって公正さは担保されているのか

ここで、あらためて3つの暴走事故を比較してみる。

神戸:バス運転手 死者2負傷者4 現行犯逮捕 罪を認める 禁錮3年6月(求刑禁錮5年) 控訴せず 一審判決確定

池袋:元通産官僚 死者2負傷者9 在宅起訴 過失を認めず 禁錮5年(求刑禁錮7年) 控訴せず 一審判決確定

渋谷:元東京地検特捜部長 死者1 在宅起訴 過失を認めず 禁錮3年執行猶予5年(求刑禁錮3年) 控訴中

人を裁くにあたって公正さは担保されているだろうか。

不可思議な事象を絶妙に言い当てたり、同情を誘ったりして、目立つことで厳罰を求める声が大きくなり、やがて検察の求刑や被告人の判断に影響を与えるとすれば、それは歪みと言える。

神戸のバス運転手と飯塚元被告を比較して「上級国民」と批判されるのであれば、元東京地検特捜部長がもっと矢面に立たされてもおかしくはない。さりとて、自宅に脅迫状が届くほどに刑事被告人としての権利まで否定される飯塚元被告への非難には違和感を否めない。バス運転手だけが現行犯逮捕されたことには同情の余地も残る。

国家が人を裁くことには主権者の厳しい監視の目が向けられるべきではあるが、それが個人への攻撃や差別に置き換わるようではただの魔女狩りである。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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