「親ガチャ」に眉をひそめる親たちに欠けた視点 格差や虐待を論じるのは飛躍しすぎている

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たとえば、メジャーリーガーの大谷翔平選手と同じ両親から生まれたとしても、同じように結果を残せるわけではないことくらいはわかっているはずです。なかでも親ガチャを流行り言葉のように使っている若者ほど、自分の趣味や人間関係などをそれなりに楽しめている様子が感じられます。

親ガチャという言葉に眉をひそめるのではなく、怒るのでもなく。だからといって、熱く説得する必要も、手厚くフォローする必要もありません。若者たちがあきらめムードを払拭し、前向きな人生を歩むために必要なのは、親世代の熱い説得や叱咤ではなく、自ら気づいて言動を少しずつ変えていくこと。親世代にできることがあるとすれば、気づきをうながすようなさりげない言葉くらいでしょうか。

「ハズレ」言葉は心の奥に残る

そもそも人生は、親、時代、地域、性別などの生まれに限らず、さまざまな運に左右されていくもの。たとえば、担任の先生、クラス替え、席替え、異性との出会い、部活動の大会、入試、就職活動、職場の人事、さらに災害や疫禍などの自力ではどうにもならないことも加わり、日常の至るところに「○○ガチャ」のようなものが潜んでいます。

そのことにどう気づき、どう受け入れていくか。現在を結果ではなく経過として見ていくか。「これまでどこかで幸運を得ていたかもしれないし、この先に幸運が待っているかもしれない」と思えるか。そんな摂理を消化できていない親ほど、親ガチャという言葉に過剰反応しているように見えてしまうのです。

若者たち自身も虐待などを受けていない限り、「自分の親をハズレ」と言ってしまったことは心の奥に残るもの。だからこそ自分が親になったとき、親ガチャという言葉の悲しさに気づき、なかには後悔する人もいるでしょう。

ともあれ、彼らにさしたる悪意があるわけではない以上、やはり親世代は親ガチャという言葉のイメージにとらわれて感情的にならないほうがよさそうです。肩の力を抜いて「親は子の、子は親の使う言葉を許容できないこともある」という前提で接してみてはいかがでしょうか。

木村 隆志 コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者

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きむら たかし / Takashi Kimura

テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。

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