また、初期には国民の理解が得られても、次第に政府と国民の間、専門家と一般人の間などにさまざまな「摩擦」が生じて厳格な措置を行えなくなった国もある。罹患率・死亡率だけでなく、社会・経済への影響をみると、またさまざまな形の摩擦を見ると、「後悔のない対策」を実施できたと胸を張って言える国はないだろう。
さらに変異株は後医にも新たな試練を与えた。特にデルタ株の出現によって、折角抑え込み、また封じ込めができた国にも感染が広がった。私が住む欧州ではワクチン接種が普及したため、厳格な公衆衛生措置・渡航措置が緩和されてきた中での出来事である。新型コロナとの長期戦では多くの国民が疲れ果て、厳格な措置のみならず、マスク着用でさえも拒否・抵抗する人も増えている。長期戦ではクラウゼヴィッツが指摘する「摩擦」がつきものだ。
画期的偉業となるか
そんな中だからこそ、ワクチン接種の拡大が世界各国で急がれている。感染症と闘ううえで、医療措置としての診断・治療・ワクチンは三種の神器ともいえる重要な武器であるが、これらの開発に成功するのか、成功するならどれほど迅速にできるのかは、誰にもわからなかった。
それがふたを開けてみれば、新型コロナウイルスに対するPCR検査は遺伝子情報が公開されてわずか10日で開発され、迅速検査は242日でWHOの緊急使用リストに登場した。ワクチン開発はWHOの非常事態宣言後、わずか307日で成功して承認を受け、執筆時点(2021年8月26日)で8種類のワクチンが世界中で緊急使用も含めて承認され、30種類以上のワクチン候補が臨床試験の最終段階にある。治療についてはいまだ特効薬と呼べるものは不在だが、ステロイド剤デキサメサゾンが致命率を下げることを138日で突き止めた。
これらの研究の成果は、感染症対策の歴史の画期的偉業ともいえる。世界が資金と英知と技術を持ち寄れば不可能が可能になるかもしれない、ほかの感染症対策でもイノベーションを加速化できるかもしれない、との希望をもたらした。
特に、筆者が対策に関わっているマラリアは年間感染者数で新型コロナを大きく凌ぎ、エイズは治療しなければ新型コロナよりはるかに致命率が高いが、これまで数十年も研究を行いながら開発に成功したワクチンはゼロである。結核については年間140万人と新型コロナに迫る死者を生みながら、100年前に開発された、限定的な効果しかないBCG以外にワクチンは存在しない。
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